第5回 chapter3
サスペンション・デザイン その1:タイヤと車両運動の関係
タイヤをいかに接地させ続けるか
したがって、何よりもまず、車両が様々に運動する中で「タイヤをどれだけ、どのように路面に付けておくか」「その中でタイヤの摩擦力はどのように現れるか、あるいは無駄な力が現れないようにできるか」を考えてゆくことになる。
まずタイヤは、車体が横力を受けてロールする中でも、できるだけ路面に対して直立した状態を維持することが望ましい。いわゆる「対地キャンバー」だが、競 技専用を含むハイグリップ系のタイヤは旋回の中で横滑りしつつ横力を発生している中で、対地キャンバーがわずかに内傾している、つまりネガティブ・キャン バーになっているほうが摩擦力が大きく出せる。車体の慣性力を受け止めてタイヤの骨格がたわみ、接地面内の荷重分布が外側に偏るので、その分だけタイヤ全 体を内側に傾けことで接地面全体をより良く使える、と理解すればいいだろう。
ここでタイヤが摩擦力を生み出す時の特質として、接地面を路面に押し付ける荷重を増やしてゆくと、あるレベルまでは荷重の増加にともなって摩擦力が増加す るが、その先で頭打ちになる。つまりタイヤを確実に路面に付け、荷重を掛けておくことが大切なのだが、同時にその荷重が急に増減しないほうが望ましい、と いうことも頭に入れておかなければならない。これはサスペンションの設計や機能だけでなくドライビングの中でも重要なポイントになる。タイヤ荷重が急な変 化を起こすと、荷重減はもちろんだが、ロール運動と横力を受け止めたり、その中で路面の凹凸(とくに突起)を踏んで、荷重が一気に増加する瞬間にもタイヤ は滑りやすくなる。
さらに舗装路面といえどもうねりや凹凸、細かな突起類が様々に現れるのであって、それらを踏んでゆく中でもタイヤ接地面を路面に柔らかく押し付け続ける、つまり荷重変動を小さくすることも、サスペンションの設計とセッティングの中ではとても重要なポイントである。
脚の動きと車輪保持の幾何学
こうしてタイヤが「力を出す」ことにまず着目するわけだが、じつは「不要な力を出さない」ようにすることも、「思いどおりに操れるクルマ」を実現するためには書かせない要素となる。
例えば、サスペンションが上下にストロークした時にタイヤが進行方向に対して向きを変える動き、つまりトー変化が起こると、そこでタイヤが向きを変えた方 向に横力が立ち上がる。あるいはサスペンションがストロークするのに対して接地面が横移動する動き、つまりスカッフ(トレッド変化とも言う)が出ると、こ れも横力を発生させる。
ごく大雑把に書くならば、トー変化はタイヤから車体を横に動かして進路を変えようとするとともに、車体横すべり角を増減させる。
スカッフはタイヤに「横に蹴る」動きを発生させ、その動きの反対方向に車体を押しやる。
さらに前輪に関してはステアリング・ジオメトリー、すなわち「転舵機構の3次元幾何学」によっても、タイヤの接地面を横移動させる動きが現れる。簡単に言 えば、転舵軸を接地面中心から離れた位置に置くと、とくに前後方向のずれ=トレールが大きいと、舵を切るとタイヤが向きを変えるだけでなく、接地面の横方 向への移動によって「横に蹴る」動きが出る。これらステアリング系の幾何学についてはまた機会を改めて検討しよう。
いずれにしてもこうしたサスペンションやステアリングの幾何学的変化によるタイヤの横力変動は、あまり大きく(強く)現れるのは、とくに「ドライビングと いうスポーツ」において人間がタイヤの状況を感じ取りつつクルマの運動を作り、コントロールする上では「乱れ」になりがちで、できるだけ小さくすることが 出発点ではある。
しかしサスペンションの諸要素の支持点、結合部にゴムブッシュを多用する一般のロードカーでは、ドライバーの技量や走行状況が多岐にわたることもあって、 ジオメトリー変化、とくにトー変化をある程度まで織り込んだ設計が多用されている。これに対して今回のテーマである「ドライビングというスポーツ」に特化 したミニ・フォーミュラでは、支持点や結合点には弾性変形がない(最小化した)ジョイント類を使用するのが前提であり、量産車の設計やそれを裏付けるセオ リーをそのまま適用しないほうがよい。もっとシンプルに動く機構なのだから、そして使い方、走り方もシンプルなのだから、直截に考えれば良いはずである。