モータースポーツミニフォーミュラWEBセミナー第4回 chapter2 パッケージング・レイアウト

第4回 chapter2

クルマの素性を決める「3次元パズル」

コンセプトが、製品において實現する資質を描き出すものであるとすれば、それを前提にして、具体的な「モノとしての姿」を形作ってゆくプロセスが「パッケージング・レイアウト」である。

人 を乗せて走る自動車という機械が、どんな資質と形態を持って生み出されるか、その出発点がパッケージングなのであって、実際に手を染めてみればわかるよう に、それぞれの自動車に求められる機能を考え、それを実現するための機構要素を組み合わせて「あるべき形」を描き出すプロセスは、3次元空間の中にひとつ ひとつのピースをはめこんでゆく『立体パズル』のようなものだ。それはパズルのピースを選ぶことに始まり、そのひとつひとつを置く場所、置き方によってク ルマにどんな資質が現れるかを考え、できるだけ無駄がない空間設計を稠密に組み上げてゆく。ここで決めたことが、クルマの『素性』を決めるのである。それ は様々な道を様々に走って、様々に使われる一般の乗用車でも、今回のテーマとして考えを巡らせているミニ・フォーミュラカーのようなモータースポーツ専用 の、すなわち単能のクルマでも変わらない。

もちろん、「ドライビングというスポーツ」のエッセンスだけを最もシンプルな形で体験するクル マ、という今回のテーマにおいて、パッケージング・レイアウトを構成する要素も、それらを組み合わせる中で考えるべきことも、乗用車よりもずっと少ない。 その反面で「車両運動」と「ドライビング」だけに集中して思考することが求められる。

スポーツの基本は「姿勢」と「動作」

「ドライビングというスポーツ」だけに単能化する車両において、車体の中に収めるものはまず人間、そして動力システム。その周囲に4本のタイヤを配置する (「フットプリント」という)。端的に言えばこれに尽きる。それを固めながら、人間・車輪とタイヤをつなぐメカニズムであるサスペンションとステアリング の機構と配置を考えてゆく、という流れになる。

どんなクルマでもパッケージング・レイアウトの出発点は「人間」。今回の企画開発シナリオではユーザーを特定しないので、身体サイズをある程度幅広く想定 して作業を始めることにしよう。量産車開発でも人体サイズの設計基準としては大柄なほうがAM95(アメリカ人男性の95%までをカバーする身体サイズ: 身長187cm,体重102kg)、小柄なほうはAF05(アメリカ人女性の5%までをカバーする身体サイズ:身長152cm)が定石として使われてい て、日本およびアジア圏をターゲットにする場合はJF05(日本人女性の5%までをはカバーする身体サイズ:身長145.5cm)まで広げて着座レイアウ トや視界、さらにシートベルトの着装など安全性に関する検討を行っている。我々もまずAM95の体型を収めることからレイアウト検討を始めることにしよ う。

その人間をどんな姿勢で座るのが良いか。小さく軽く作りたいクルマにとって人間は最も重い構成要素となるから、できるだけ低く座らせたい。しかし人間の身 体、骨格・筋肉がクルマを操り、その運動を感じ取るためには、主要な関節とそれにつながる筋肉が自然で動きやすい状態を保った姿勢であることが欠かせな い。足の爪先から足首、膝、大腿骨と骨盤、脊柱(腰椎・胸椎・頸椎)とそれが支える胴と胸部のブロック、そして頭の位置関係、さらに肩から肘、手首へと伸 びる腕・手の状態。これらの関節と筋肉の状態に着目して、着座姿勢を固めてゆく。

とくに重要なのは脊椎をうまく湾曲させて、言い替えれば骨盤から上に伸びる胴部分・腰椎に対して胸のブロック・胸椎を前に折る形にして、さらにその上に乗 る頭部の重心が頸椎が形作るジョイント(関節)よりも若干前に来る姿勢にすること。こうすると上体の、とくに肩の力を抜いた上体で自然に頭が軽く前傾し、 「顎を引いた」スポーツを戦う姿勢に落ち着く。

その肩関節から上腕がその重さで自然に下に下がり、肘を柔らかく曲げて手首、手指までがほとんど力を入れない状態でステアリングホイールのリムに指を巻き 付けるようにグリップする。その状態で左右に転舵する動きが自然にできるように、と位置関係を決めてゆくことで、ステアリングホイールの位置と角度も決 まってくる。

いずれ「ドライビング」を語る時にも説明することになるのだが、こうした着座姿勢はすなわちどんなスポーツにも必ずある基本中の基本、最初のスタンスとそ の体勢を取った時の肉体のバランス、手具に触れるグリップ、そしてフォームに相当するものだ。既製品としてある競技車両でも、ドライバーはその中に座り、 自分の肉体とクルマを一体化させるために、着座姿勢とシート成形(これについてもいずれ紹介しよう)にはmmかそれ以下の精度でのフィッティングを行って いる。

ここで検討する着座姿勢はその「ドライビング・フォーム」のベースになるものだ。。2次元の図面、あるいは3次元CADの中で検討するだけでは煮詰められ ない。やはり原寸大のモックアップ(模型)を作って、様々な体型の人間を座らせ、まず関節と筋肉がリラックスした状態から手と足が繊細な動きをするにはど んな姿勢を取るのが良いか、そのためには身体のどこをどう支持すると良いか、それを可能にするコックピットの輪郭をどう形作るか…と現物検討を行うことを 薦めたい。

質量塊の運動を作り、止めるのはタイヤの力

人間で言えば「体幹」にあたる人間+動力システムの位置関係が固まれば、その重量と重量分布も見えてくる。次にその質量塊に対してどこにタイヤを配置するか、を検討する。

「ドライビングというスポーツ」のエッセンスを体現し、味わうためのクルマは、まず小型・軽量で身体に直接フィットする感覚で操りたいわけで、動力システ ムは過剰なほどの(タイヤが作りうる摩擦力に対して)、言い替えれば「使い切れない」ほどの出力を持つ必然性はない。むしろ向きを変え、旋回し、加速し、 減速するという一連の運動がどんなふうに現れるか、それをどうコントロールするか/できるかが、最大の開発テーマとなる。つまりある質量塊が4つのタイヤ が生み出す摩擦力によってどう運動するか、だ。

非常に大雑把なイメージとして、クルマが向きを変えるヨー運動を発生させるのは、まずはフロントタイヤの摩擦力であり、それが質量塊の重心点から遠くにあ るほどモーメントアームが長くなり、同じ横力(タイヤの摩擦力)であってもヨー・モーメントは大きくなる。そこから一定円を描く旋回に移行するためには、 リアタイヤの摩擦力が立ち上がるタイミングと、ここでも質量塊の重心点からの距離(モーメントアーム)がポイントになる。さらにスポーツドライビングの中 で、思い切り速いヨー運動を発生させた/起こってしまった瞬間には、その挙動変化を収めるのはリアタイヤが生む横力が作るヨーイングを打ち消す方向のモー メントである。

つまり論理的に考えれば、ある程度の車両規模を前提にした上で語られている「ホイールベースが短いほうがクイックに動き、長い方が安定性が高い」という俗 説は、「同じような形態、重量、寸度の乗用車、商用車においては」という但し書きがあって初めて当てはめられるものであることがわかる。

こうしてリアタイヤが作るヨーモーメントに着目し、そのモーメントアーム長の設計自由度を拡げようというのであれば、チェーンやプロプラシャフトなどの伝 達系の寸法が調整代になりうる。エンジンを縦置きし、その後方に変速・駆動機構を配する純レーシングマシンの場合、エンジンとトランスアクスルの間に挟み 込まれるベルハウジングでこの寸法を設定する手法がしばしば使われてきた。

4輪が支える質量のバランスを決める。

人間と動力システムが形づくる質量塊に対して前後輪の位置の設定によって、自動車の運動特性を左右するもうひとつの主要素である前後の重量配分はどうなる か。この検討を進めるためには、人体、エンジン、トランスミッションなどの重量とおおよその重心位置がわかっていれば、手計算でもそれなりの精度で予測値 を割り出すことができる。そんなに難しいことではないので、タイヤ位置を様々に動かして計算してみる。さらにはファイナルドライブ、ステアリングギア、冷 熱系、排気系などの重量とその位置を加えて精度を上げてゆくこともできよう。ただし冷熱系や排気系については、後で重量配分の調整要素にもなるので、ここ であまり厳密に位置決めしなくてもよい。

またタイヤとホイール、その支持構造(アップライト)などの重量については、それらに質量塊から加わる荷重、慣性力があるバランスにあれば、それに応じた 摩擦が生ずるわけで、しかもタイヤサイズも前後で大きく変えない(変えられない)ということであれば、この段階のホイールベース変化にによる重量配分の検 討に加える必要はない。

もちろんその一方で、無駄な空間、無駄な重量は削ぎ落とすべきものであり、ホイールベースもトレッドも「適切」な数値の幅がどこかにある。それを決めるのは、最終的に設計者の感覚、ということになろうか。

こうして思考を検討を進めてくれば、もはやパッケージング・レイアウト、とくに側面視のそれが具体的な形を取って現れてくるはずだ。これを図面化するにあ たってプロフェショナルな車両設計者の場合、前輪中心位置を前後方向の図面起点(x=0)として、人間、動力システムと配置してゆくのが一般的である。