第11回 chapter4

その2:車両運動の基礎特性を測る・知る。

走り出す前に

マシンが組み上がった。エンジンに「火が入り」(電気モーターならば「通電し」だが)、「動く」ことを確かめる。そこからはひたすらサーキット・コースを走り込む…では、自動車の『開発』にはならない。新しい車両が形をなしたところで、ひとつひとつ確かめてから進むべき基本が何段階もある。

車両の設計に織り込んだ様々な諸元や技術的内容は、走った時に「こうなるはずだ」という仮定や推測に基づいて決めたものであって、クルマができたところで実際にどんな特性を持っているかをまず確かめる。そして調整可能な諸元のどこをどう変化させると、車両特性はどう変わるかも、系統立てて把握してゆくことが欠かせない。競技車両として必須の、コースのレイアウトと路面状況、ドライビングなどに対応して、車両特性を“微調整”する『セッティング』はその先で進めるべきものであり、しかも「どこを、どう変えると、車両特性はどう変わるか」の基礎データを得て、はじめてそうした微調整を進める方向が見えてくる。

その「基礎を固める」試験の前にまず、形になった車両が設計どおりの寸度に仕上がったか、どこがどのくらいずれているか、それはどこかで吸収できるか、といった確認を行う。さらに各部の、とくにサスペンションとステアリングの機構各部の作動状態の確認、そしてオーバーオール・ステアリング・ギアレシオ(タイヤの向きを1deg動かすのにステアリングホイールを何deg動かすか)の計測、ガタや剛性のチェックなどもしておく。

もちろんマシンを走らせて基礎特性を確かめるとなれば、出発点は「設計諸元」から、であるべきだ。サーキット系の環境を走るモータースポーツ専用車両として、この段階でまず確かめたい「基礎特性」はコーナリング・パフォーマンスの原点なのだから、4輪の「フットプリント」(接地面)が形作る長方形の寸度確認に始まり、自車重量+ドライバー重量の静止“1G”状態で車高=サスペンションリンク類が設計図上で想定した角度になるように調整。そしてコーナーウェイトをそろえ、さらに各輪のキャンバー、トーの「アライメント」をきちんとそろえる。後で説明するように、車両運動、とくに旋回運動の基本的バランスを確かめ、同時に車両を実際に旋回させた時の対地キャンバーなどの変化を測定してゆくので、最初のアライメント設定はキャンバーもトーも「ゼロ」から始めることを推奨しておく。

断片的印象を「アンダー」「オーバー」で語らない。

とかく「ステアリングを切り込んだのに狙った円を描かずに外回りする」とか「ステアリングを切ったままにしているのに外に膨らんでゆく」などの症状を「アンダーステア」、「ステアリングを切り込んで向きを変えようとした時にリアが流れた」とか「旋回している中で外輪荷重が増えたり、駆動を加えたりした時にリアが流れた」などの症状を「オーバーステア」と表現することが多いけれども、それらを表現し、伝える言葉として使うべきものではない。

こうした過渡的な挙動は、それが起こったプロセスから始めて挙動を説明してゆかないと、何が起きているかが把握できない。だから車両挙動の症状としては「アタマの入り=回り込みが悪い」「向きを変える動きの中でリアの踏ん張りが早く現れる/強く出る」「駆動をかけた時にフロントが押し出されて内向性が弱まった」「荷重を抜いた時にリアの踏ん張りが弱い/抜ける」「旋回の中で外足の荷重が増えた時にリアが流れた」「駆動をかけた時にリアが滑りすぎる(けれど、それはエンジン特性が問題かも)」…というように、ある局面の中での挙動を表現し、把握して、それをクルマを形作るメカニズムの様々な要素に振り分けてゆくことが大切だ(モータースポーツの場でなくても)。とくに車両開発の現場では、運転と評価を担当する者は“感覚的”「アンダー」「オーバー」を安易に口にしてはならない。

クルマと人の「開発ツール」としての定常円

こうして、求心加速度に対するステア特性、ロール角、キャンバー角の特性、その他が把握できたところで、次は車両を構成する要素の何をどう変化させるかを考える。たとえばロール量とその変化は、適度なのか、大きすぎる/小さすぎるのか。その判断に応じて、主バネか、あるいはアンチロールバーでロール剛性を変える。ロール剛性を変えれば、タイヤのグリップ限界とその現れ方が変わるだけでなく、前後のロール剛性バランスによってステア特性も変化する。

対地キャンバー角の適正値(であろうところ)も、最も重視している旋回、その求心加速度領域で、何degあたりを狙うのかを考え、そこから初期キャンバーをどれだけ付けるかを決める。一般のロードカーと違って競技車両では、旋回時と加速時にタイヤのグリップを最もうまく使えるように、キャンバーなどのアライメントを決めれば良い。そして定常円旋回試験の中で、対地キャンバー角を見ると同時に、接地面のコンパウンド温度を内・中・外の3点で測定して記録し、その結果から接地状態を確認することを組み合わせれば、タイヤの接地状態を最適化に近づけることが可能なはずである。

このように、一見簡単な定常円旋回試験であっても、車両の素性を把握することはもちろん、それをどう仕上げてゆくか、どこをどう変えたら、どんな特性になるのか、タイヤの使い方はどう変わるのか…などを系統的に確かめ、筋道立てて開発を進めてゆく『ツール』になるのである。そしてそれらのデータは、次の車両を企画し、設計し、その成果を実車で確かめるという、継続的な開発の中でも、新旧の比較から始まって、多くのものをもたらしてくれる。

そしてもうひとつ、「スポーツとしてのドライビング」においても、狙った円を、一定の舵角を保持し、狙った求心加速度で、エンジンのトルクと回転速度を一定に保って旋回することは、その先に広がる「スポーツとしての奥行き」を体得する、きわめて重要な足がかりとなる。ただタイヤのグリップ限界領域に突っ込み、ステアリングもアクセラレーターもジタバタと操作を繰り返して旋回していても、ドライバーとしての資質も高まらないし、もちろんタイヤの摩擦力を十分に使えないから、速く走ることもできない。

ドライビングの基本を身につけるためには、低い速度から、一定の車速=エンジン回転速度をピタリと保ち,ステアリングも一定の舵角を保持したまま、指定の円を描く。その状態にいかに早く持ち込めるか。こういうトレーニングを、もちろん車速を様々に変えながら、旋回方向も時計回り/反時計回りを変えて(人によってどちらかがやりやすいことが多い)、繰り返し行う。それがドライビングの能力と精度の向上に直結する。

他にも車両の運動特性を知るための試験法はいくつかある。その中でも「ヨーイングの周波数応答」などは、実際の車両挙動との相関がある程度はつけられる。しかしまずはここで紹介した定常円旋回試験から着手することを勧めたい。車両評価・開発からドライビングまで、得るものが大きいことは間違いないのだから。