第10回 chapter4
実走に向けて その1: アライメント・セッティング
組み上げただけではまだ、「マシン」にはならない
車両の最終組み立てが完了し、動力機構、ブレーキ・システム、操舵機構など各要素の作動確認が終わったら、走り出す前に必ずやっておくべきことがある。「基本寸法の計測」と、併せて「アライメント計測・調整」だ。
様々な加工、とくに溶接は熱歪を伴い、機械加工した部品も様々に組み合わせ、締結することでひとつの「機械」としてのクルマが形をなす。それが設計どおりの形態と寸度を持って組み上がったのか。競技専用車両でもホイールベース(左右それぞれとその前後方向のずれ)、トレッド(前後それぞれとその左右方向のずれ)、4輪のサスペンションリンクの車体側ピボットの3次元位置(これはフレーム単体の段階で計測できる)ぐらいは、まず計測しておきたい。もちろんアーム類の寸度などは個々に製作した段階で測っておく。いくら治具に固定して接合作業を進めても、完成品がその治具どおりに仕上がることはなかなかない。だからそこで作った部品がどんな寸度を持っているかを確かめることが欠かせない。それが次に作る時の改善にもつながる。
それ以前に、今目の前にある車両が、どういう寸度に仕上がっているか、ジオメトリー変化は設計どおりに現れるか、それがずれるとすればどこで調整すればいいか…など、この先クルマの走行特性を仕上げてゆくための基礎データがないままでは、行き当たりばったりにいじり回すだけになってしまう。
さらに車輪を取り付けて、クルマを路面に「自立」させた時に、4輪がバランスよく接地している状態を作り、さらに各輪を3次元的に「整列」させる。タイヤが路面と触れ合い、摩擦することで発生する力を使ってクルマの運動を作り出す。そのための基礎をまず作るのがこの「アライメント」セッティングであり、マシンを整備し、走ることを繰り返す中で、車両の状態が同じになるように、何かを変える場合は、それが正確に進められるようにするための基本も、このプロセスにかかっている。
マシン・セットアップの出発点は「定盤」
一般車の「アライメント調整」の手法やそのための機材は、整備の場などでいくらでも目にすることができるけれども、そうしたクルマたちよりも各段に高い精度を求められ、しかも走行の現場で細かく調整して、その舞台で最大のパフォーマンスを引き出すことが求められる競技専用車両の場合は、もっと精度が高く、しかも簡便なやり方を実践する必要がある。ここではプロフェッショナル・モータースポーツの現場で定着しているプロセスを追って、実戦的アライメント・セッティングの進め方を紹介してゆくことにしよう。
こうした製品寸度の確認にはまず、水平な平面が必要になる。一般的には「定盤」がそのための機材とされる。しかしクルマを走らせる現場にそんな「面」はないので、作る。
プロフェッショナル・チームがサーキットのピットに機材を持ち込む時、最初に するのはこの作業だ。クルマを置くおおよその場所を決め、4つのタイヤがどこに来るかを見て、そこでタイヤが乗る面と、その面4つが「水平な面」になるよ うに準備する。ここで必要なものは、まずタイヤ(車輪)が乗る「面」になるための台。基本的には金属厚板の平板の隅にボルトを通して「足」にしてナットで ロックできるようにしたもの。3本足が良い。4本足は「力学的に不静定」であって(この話はすぐ後でまた出てくる)、台そのもの単体での面の水平を出しに くいからだ。あとはホイールベースより少し長い直線の棒材。各断面のアルミ押出材でよい。ただし歪みがないこと。それから水準器。直角定規。後でアライメ ント調整にも使うので、直線材と水準器は複数用意しておく。
ま ず4輪位置のうちの1点、直線材と水準器で簡単にチェックして最も高い(低い、でもいいが)と思われる場所に最初の「車輪台」を置き、その面の水平を出 す。そこから直線材と直角定規、水準器を駆使して4輪を置く位置それぞれと全体を「平面」にする。それが完成したら各台の足を置いた位置をマーキングし、 足の高さ(ねじを固定した位置)も記録・保存しておく。これで車輪台を動かしても、再現できるようになる。
ここでもうひとつ。この車輪台の上に重量計測器(安価に簡便に済ませるのなら体重計でも良い)を置き、その計測面を単体と、そして4輪全体で平面にすること を同時に済ませておく。重量計測器の荷重面が動かないものであれば、それをアライメント調整の時にもそのまま使ってもいいが、機械式の体重計など、面が動 く場合は、ベースの車輪台と体重計の両方の面で「水平」を確かめ、再現できるようにしておく。
「空気入りタイヤ」で正確なアライメントは取れない。
これで「簡易定盤」ができたわけで、いよいよマシンをジャッキアップして移動させ、この車輪台に載せるわけだが、その前に用意しておきたいものがある。ここ からの計測と調整を精度高く進めるために必要な「ダミーホイール」である。アライメント・セッティングを、タイヤを履いた状態で進めることもできるが、精 度は落ちる。タイヤは「ゴムとコードで組み上げた中空構造の中に充填した空気で荷重を支える」もの。荷重が変動するたびに変形するし、それ以前に車輪台の 上に載せた時にトレッド面のゴムが粘着して、タイヤのケース(骨格)が変形して、そのままどこかで止まってしまう。つまりタイヤのアライメントも車体との 位置関係も、載せる度に毎回少しずつ違う状態になる。「再現性」が確保できないわけだ。
そこで剛体とみなせるタイヤ+ホイールの代替品を作って組み付ける。寸法としてはまずハブ中心からタイヤの動的半径相当の距離を取ること、そして接地するポイントがタイヤ中心面に来るようにハブ面とのオフセット量を合わせること。接地するポイントは装着した時に前後2点あればいいわけだが、これが車輪台の表面を自由に動けるように(とくに車両に対して左右方向-トレッド変化)、接地点にはローラーなどを組み込んでおく。これを金属(アルミ合金など。軽い方が良いので)の厚板材などを加工して作る。ハブの車輪取付面に組み付けられるだけの幅があればいいので円盤である必要はない。高さ方向は最低、接地面からハブ面まであればいいわけだが、この後に説明する車高の測定に使うためには、車輪間のフレームよりも少し高い位置まで伸ばしておきたい。
まずは車体=サスペンションの「基本位置」から
ここまでの準備ができたら、車輪台に車両を載せる。もちろん車両の組み立てあたって、4輪それぞれにサスペンションのクッション・ユニットの長さ、それらをリンクで作動させる設計であれば、その各部の寸法、そしてフレーム側のピボット位置のずれなどを確認して、そこから「設計値」を狙った寸法に設定して組み上げておかないと、ここからの調整が発散する。どこかを変えると、他の要素も変わる、という繰り返しになってしまうからだ。
そこから出発して、まず確かめ、調整したい要素のひとつは「車高」。
クルマを走らせた時にサスペンションを設計どおりに機能させるためには、まず静止状態で車体とタイヤ、そしてアーム、リンク類の位置関係が設計時の基準位置として設定した状態にあって、そこから動き出すことが基本となる。この幾何学的位置関係を、路面に相当する車輪台、あるいはそこから一定の位置関係にある場所、つまりダミーホイールの上側に基準面を作っておき、左右輪のその面に渡した直線材(水平を確認)から、車体の固有のポイントまでの垂直距離を測ることで確認する。前後2カ所で左右2点を測れる場所を準備しておく。
車高の基本値が確認できたら(この段階ではまだ厳密に合わせ込まなくてもよい)、そこで「コーナーウェイト」、つまり4輪それぞれに加わっている荷重を測定し、調整を行う。4足の物体は力学的に「不静定」。すなわちただ置いただけで4足(輪)全てが安定して接地する状態にならない。斜め向かい(ダイアゴナル)の2足(輪)が付き、それと交差する斜め向かいの2足(輪)は一方が接地し、一方は浮く状態になる。自動車の運動性を組み立てる基本として、まず静止状態で4輪が均等に接地して、タイヤにバランスよく荷重がかかっているようにしておきたい。
競技レベルのドライビングではコーナーウェイトがずれていると左右の旋回で挙動が微妙に異なり、それをドライバーが感じ取ってしまう。もちろん前後軸間では重量配分による差が現れるが、フォーミュラカー形態の左右対象に近い車両では左右はできるだけ均等になるように。もともとの車両レイアウトによって左右輪の荷重差がある場合はそれに合わせて輪荷重を調整する。
この調整は、クッション・ユニットのスプリングシート高さ、あるいはストローク伝達リンクの長さでこの調節を進めるが、基本的には斜めに交差する輪位置で「軽い」「重い」が発生するので、軽い側を伸ばす/重い側を縮めるのだが、4輪のストローク位置のバランスが崩れないように目を配りつつ進める。この作業はもちろん各輪の車高に影響するので、一応のバランスが取れたら、車高をもう一度確認・微調整し、またコーナーウェイトをチェックする、という流れで「これなら」というところまで煮詰める。
こういう調整作業に対して、クッション・ユニットやストローク伝達リンクはもちろん、サスペンションアーム内外端などには必ずフリクションがあるので、計測と調整にあたって車両前後に作業者が乗り、上下に揺らす。サーキットのピットで整備作業が進む中でしばしば見かけるシーンである。
車輪の“幾何学的”角度を測る。
ここまでで車体と車輪の間の基本的な位置関係が固まった。次に手がけるのは各輪のアライメント、つまりキャンバーとトーの確認と調整である。アライメントホイールを使い、しかも簡易定盤を設営してマシンを載せてあれば、タイヤの摩擦力を引き出すのにダイレクトな影響を持つこの2つの「角度」を精度高く測るのは難しくない。
アライメントホイールを使ったキャンバー(左)と張線(糸)を組み合わせたトー(右)の計測例。
まずアライメントホイールの車両外側に来る面がハブ面(車輪取付面)と平行になるように(ハブシャフトに対しては直角)だが)、精度に留意して加工し、そ の仕上がり精度も確認しておく。そしてアライメントホイールを接地させた時に路面と垂直になる線の一部を計測用のガイドになるように加工しておく。こうし ておけば簡易定盤上にマシンを置いて、垂直方向のガイドに傾斜角度計を当てるだけで、キャンバーが測れる。最近はデジタル表示で精度の高い角度測定器が 多々あるし、スマートフォン内蔵の加速度センサーなどを使って傾斜角度を、そして水平を検出できるアプリもある。自分たちのアライメント計測リグに精度高 く設置できるアタッチメントを製作すれば、スマートフォンを使って計測することも十分に可能だ。
次にトーだが、これを測るためには車両の前後(車輪よりも外側)に水平な直線材を固定、車両中心から等距離で、アライメントホイール面よりも少しだけ外の位置にピンを立てる。そしてこのピンを前後に結んで車両側面外側に糸を張る。この糸の高さがほぼホイールセンターに来るように、直線材の取付位置を選んでおく。また前後を結ぶ糸は車体中心線と平行になるように。
アライメントホイールには下端を接地させた時に車軸部分で前後に伸びる面も作り(もちろん車輪取付面に平行=ハブシャフトに直角な面であること)、この面上で、車軸中心から前後に一定の距離になる点にマーク(ガイド)を設けておく。このマークと糸の距離を測る(マークの距離をある程度離しておけば定規と目視で十分)。この2点の距離を引けばトーイン/アウトの寸法値となる。作業上はこの“特定の点”におけるトーイン/アウトの寸法値を指示し、メカニックはそれに合わせればいいが、車両セットアップデータとしては2点間の距離と三角関数から、トーイン/アウトの「角度」を算出しておくことが、もちろん不可欠となる。
アライメント・セッティングにおける「プロフェッショナル・メカニックの“お仕事”」は、概略こんな内容だ。機会があれば、サーキットのピットボックスの中やワークショップで実際に作業が進められているところを観察することをお勧めする。そして競技車両にとって量産車のアライメント計測のやり方では不十分ではあるけれども、ここに紹介したやり方が「必須」ではない。自分たちが置かれた状況の中で、精度の高いセットアップを進めるためにはどうしたらいいか、それぞれに知恵を絞ればいいのだし、その中で今回の記事を参考にしていただければと思う。