その5:ステアリング・ジオメトリーとその検討
この転舵軸と車輪を側面から見た時、後傾角が付いている。これを「キャスター(角)」という。そのまま転舵軸を下に延長した仮想線が路面と交わる点と、接地面中心すなわち側面視におけるタイヤ中心垂直線との距離が「トレール」である。
一般的に、このキャスターとトレールは「転舵からの復元性を生じさせ、直進性を高める」ものと解説される。
トレールがあるとタイヤ全体の向きを変えようとする動きに対して、接地面の中に生ずるタイヤと路面の粘着力(摩擦力)が転舵中心(路面との交点)まわりの トルクを生み、それはタイヤを直進に戻す方向に働く。同時にキャスター角によって転舵軸よりも後方に位置する接地面は、転舵の回転運動が起こると幾何学と しては下方に移動するが、路面は動かないので逆にタイヤが車体を持ち上げる動きを生ずる。その動きは「押し上げ力」を伴い、これも転舵されるタイヤを直進 に戻そうとする方向に働く。
さらに付け加えるなら、キャスター角がついていることで、舵を切り込んで旋回に入ると、タイヤが旋回内側に倒れる動きが加わる。つまり対地キャンバーが旋回外側輪で見ればネガティブ側に増える。グリップを維持することについてはプラスに働くわけだ。
したがってキャスターとトレールが「クルマを直進に保とう」とするように働くことはたしかだが、それが「強く働く」のが良いわけではない。
タイヤに対して「転舵軸」をどう“通す”かは、3次元空間の中の幾何学(ジオメトリー)である。
ステアリング・ジオメトリーに関して、ぜひとも重視してほしい設計要素がもうひとつある。それは「バンプステア」。つまりサスペンションが上下にストロークした時に、操舵輪のトー(車輪の向き)がどちらにどのくらい変動するか、である。理想としては「バンプステア=ゼロ」。サスペンションの伸縮に対してハブキャリアから出た操舵腕、いわゆるナックルアームの先端ジョイントが描く軌跡と、車体側のステアリングギアから伸びるタイロッドの先端が描く軌跡が一致していれば、トーが変化することなく車輪はストロークする。
たとえば直進状態で片側の前輪が凹凸に乗り上げ、サスペンションが縮む、あるいは伸びる瞬間にトー変化が出ると、クルマのフロントがその動きの方向にふらつく。ブレーキをかけてノーズダイブし、フロント・サスペンションが縮み側ストロークに入りつつある中で、こうした路面凹凸を踏むことはままあるわけで、その瞬間に舵を取られたり、ふらついたりすると、挙動コントロールが正確にできず、走りのリズムが崩れ、タイヤのグリップを使い切って走ることを妨げる。もちろん旋回中でも、とくに外側前輪が凹凸を踏んだり制動・駆動によるピッチングを起こしたりすることは必ず起こる。
ダブル・ラテラルリンク方式の場合、上下どちらかのラテラルリンクと同じ高さ と位置に同じ長さのタイロッドを配置すれば、少なくとも直進近傍ではバンプス テア=ゼロとなる(大きく転舵してタイロッドが平行移動している状態ではそのかぎりではないが、これはしようがない)。だから純レーシングマシンでは、ラ テラルリンク+タイロッド同一平面配置が基本なのである。
車両全体のレイアウト上の都合で、やむをえず上下のラテラルリンクからずれた位置にタイロッドを配する場合は、サスペンションのストロークに対して上下リンク外端ジョイントそれぞれの軌跡を描き、それによって決まるハブキャリアの位置と角度の変化を求め、それと一体になっているナックルアームをまずどこにどう置くかを検討し、次にその点の軌跡(円弧)を求める。この円弧とタイロッド外端がストローク時に描く軌跡が一致するように、その内外端の位置、ロッドの長さと初期角度などを描いて検討し、車体側のステアリング・ギアボックスおよびタイロッド結合部の位置を決めてゆく、というプロセスが求められる。
少なくとも走行時に起点となるサスペンション・ストロークから縮み・伸びのストロークが始まる範囲では、トー変化が出ない設計としたい。さらにストロークが深くなったところでトー変化が生じざるをえない場合は、バンプ→トーアウト(タイロッド前方配置ならナックルアーム端が外側へ、後方配置なら逆に内側へ)にしたほうがドライビングの対応は多少楽になる。
車体に対して路面を傾けてロール運動とジオメトリー変化を検討する。ラテラルリンク、タイロッドの外端が描く軌跡の円弧の組み合わせによって、ハブキャリア=車輪の角度でキャンバー変化を見る。そこから伸ばすナックルアーム端の軌跡に対してタイロッドをどこに、どんな長さと角度で置くかで、バンプステアが決まる。