第8回 chapter3
サスペンション・デザイン その4:サスペンション機能要素設計の考え方
ダンパーには車輪の上下動を直接伝える。
そしてそのダンパーをサスペンション機構の中のどこにどう組み込むか。その基本は「車輪のストロークと1対1の関係で動く」ように置くことにある。車輪の 上下運動を伝える上でレバー比(腕比)が小さくなるレイアウトだと、車輪のストロークよりもダンパーが伸縮する動きのほうが小さくなってしまう。するとス トロークの発生や折り返しに対して減衰力を生み出すダンパーの伸縮も小さくなってしまうから、過渡特性が劣化する。したがって市販車ならばダンパーの一端 (ふつうは下側)を車輪保持部、いわゆるアップライト(あるいはハブキャリアとも呼ぶ)に直接マウントしているかどうかが、走りの良し悪しにそのまま結び つくポイントとなる。
ここで設計の方針を検討している小型競技車両の場合も、とくにリア・サスペンションについては車両骨格(フレーム)とアップライトの間を直接結ぶ形でダン パーを組み込むことは可能だ。そしてそれと同軸にコイル・スプリングも組み込んで、一体の「クッション・ユニット」として扱うことで、全体をシンプルな構 成にまとめることができる。1960年代のフォーミュラカーおよび競技専用車両として最初から企画されたマシンでは、このレイアウトが定石となっていたも のである。
前輪に関しては「転舵」という要素が加わり、アップライトが上下のリンク間で回転するため、そこにクッション・ユニットの下端をピポットするのは難しい (不可能ではないし、転舵=回転によって起こるピボットの移動を逆に利用する考え方もあるが)。そこでラテラルリンクの、できるだけ車輪に近い位置にピ ボットして、すなわちレバー比を1に近づけるレイアウトを策定するようにしたい。
アップライトは「三角形」が基本
サスペンションの基本レイアウトが固まってきたところで具体的な設計をまず進めたいのは、車輪を保持するブロック状の部品、いわゆるアップライト(または ハブキャリア)である。ホイールの中に入り込んで設置され、車輪を回転させつつタイヤからの力を受けるハブベアリングを保持するブロックであり、そこにサ スペンション・リンクが連結される「アウター・ピボット」が設けられることでサスペンションがストロークする中で車輪全体がどんな3次元運動をするか、い わゆるジオメトリーを作り出し、同時にそれを保持する。そしてブレーキの制動力発生機構(ディスクブレーキであればキャリパー)を車輪側に置くのであれ ば、その回転力をまず受け止める。こうした機能を同時に果たす要素部品である。
タイヤのジオメトリーを作り、保持するという視点からは、アップライトを位置決めすべきポイントは、キャンバーを設定する上下のリンクとの結合点、そして トー(転舵)を保持するリンクまたはタイロッドとの結合点の3点となる。この3つのピボットが形作る「三角形」の内側にハブベアリングを収めて、それぞれ から加わる何100kgfにもなる力をできるだけ良い形で受け止める。これがアップライトの形を決める時の基本となる。
キャンバー・コントロールに関しては、車輪の中にアップライトとラテラルリンクのアウター・ピボットをどう収めるかを決めることで、そこから伸びていった リンクが想定するジオメトリー変化を実現するために、車体側に結合するインナー・ピボットの位置(とくに車体断面において)が決まってくる。
トー・コントロール(あるいは転舵)に関しては、前にも紹介したように上下のラテラルリンクのどちらかと同じ高さにリンク(タイロッド)を配することで、 バンプステアを最小にすることができるが、そのためにはホイールの中の空間にリンクのピボットをどう配置するかがなかなか難しい。タイヤからの力を受けな がらキャンバーを確実に保持しよう(ジオメトリー剛性を高く)と考えれば、ホイール内空間のできるだけ上下の端にラテラルリンクのアウター・ピボットを置 きたい。しかしトー(転舵)方向の剛性を上げる、あるいは舵を切り、保持するナックルアーム(転舵腕)の長さを十分に取って操舵力・保舵力を重くしないよ うにすることを考えると、ホイール内側空間の中では車輪中心に近い位置に持っていったほうが水平方向の寸法が取れる。
こう考えを進めてくると、上下どちらかのラテラルリンクを少しだけ車輪中心側に寄せて、トー・リンク/ナックルアームのための空間を作るレイアウトを組むことになるわけだ。
というわけで、アップライトの主機能を構成する「三角形」の頂点となるリンク・ピボットの位置を決めるのには色々な角度から知恵を絞ってコンプロマイズ (妥協。良い意味での)を追いかけることが求められる。さらにブレーキキャリパーもアップライトに固定するのであれば、この車輪保持ブロックに加わる力は 5点から入ってくることになる。つまり「五角形」だ。その中に収めるハブベアリングの円筒との間を、力の加わる/伝わる方向を考えながら無駄なく結ぶ。こ れがアップライトのデザイン・コンセプトとなる。
そして前述のように、ホイール内側の限られた空間の中にこの五角形+円筒を収めることから、サスペンション・ジオメトリーを具体化する設計プロセスが進ん でゆくのだから、経験を積んだ設計者からは「シャシー全体のレイアウトが固まったら、まず『ホイールの中』の具体的設計から取りかかる」という言葉も出て くるのである