その3:サスペンションのリンク・レイアウト
サスペンションの全体構成、そのリンク・レイアウトを描いてゆく中では、こうした動き(動かさないようにすることも含めて)をどう作り、力やモーメントをどう受け止めるかをイメージすることがまず最初に求められる。
ここでは基本分類としてはダブル・ウィッシュボーン、つまり上下のラテラルリンクでキャンバー規制を行う形態において、「位置決め」と「力を受ける」役割 を整理して、ひとつひとつのリンクはできるだけ単純な形と機能にしたレイアウトを考えてみることにした。そうすることでサスペンション・リンクの機能がわ かりやすくなるし、現実に造るのも、組み立てて調整するのも簡単になる。
まず、キャンバー変化を作り、付随してスカッフ(トレッド変化)も決まり、瞬間揺動中心(正面視)も設定するのには、上下一対のラテラルリンクがあればい い。基本的に車体中心線に対して直角に、車輪保持部に向かって伸びる直線棒状のリンクを上下に「不等長・非平行」に配置する。このリンクの両端部を伸縮・ 固定できる構造にすれば、キャンバー調整も簡単にできる。
これだけでは車輪の向き(トー)を保持することはできないので、そのためのラテラルリンクがもう1本必要だ。前輪ではこれがステアリング・ギアボックスか ら伸びるタイロッドになる。後輪はシンプルにキャンバーコントロール・リンクと同様のロッドでいい。ただしこのタイロッド、トーロッドは上下のキャンバー コントロール・リンクのどちらかと同じ高さに、同じ長さで配置するのが基本となる。これはサスペンションが伸縮(ストローク)した時にトー変化を起こさな いようにするためだ。
フロント・サスペンション 四面図
ここでクルマを真横から見た時(側面視)、上下2本のラジアスロッドの「線」をずっと延長してゆくとどこかで交わる。この「点」が、側面視において車輪が ストロークしつつ描く軌跡の瞬間中心になる。それをどこに置くかによって、車体の前後どちらかが沈み、反対側が浮き上がるピッチング運動に対する反力が生 まれる。つまり沈み込んでくる車体をサスペンションが押し返す効果が生まれる。ブレーキング時の前輪は沈む(ダイブ)するので「アンチダイブ」、後輪が駆 動によって沈み込む動きを「スクォート(スクワット)」というので、それを押さえる効果を「アンチスクォート」という。ブレーキング時にリアが浮き上がろ うとする「リフト」もあるが、後輪駆動ではアンチスクォートのほうを重視したい。
このピッチングをサスペンションの側面視ジオメトリーで押さえる効果は、幾何学的考察からして難しいのだが、それ以前に車輪側から車体を押し返す力が作用 すると、その反力がタイヤに加わるから、タイヤの荷重変化(増加)が大きくなる。グリップの限界近くで働いているタイヤは、荷重が急に増えすぎると摩擦力 が低下する。つまり滑りやすくなる。車体姿勢変化を適度なところにとどめつつ、タイヤのグリップを粘らせるのにちょうどいい「アンチダイブ」「アンチス クォート」効果はどのあたりか。ここは難しい。
それならば車両が完成してから可変できるような構造はないのか。そうしたトライができる設計もあるのだが、それについてはまた改めて紹介しよう。
リア・サスペンション 四面図
ここで、今日の純レーシングマシンのサスペンションリンク・デザインは単純な「Aアーム」ばかりになっている。これは1980年代以降、車体底面から側面 を流れる空気によって大きなダウンフォースを獲得することが、サーキットにおける「速さ」を獲得する上で最も優先度が高い設計要件になったことによる。こ の限られた空間の中で気流をできるだけ阻害しないように、楕円形さらには翼形に近い断面形状の鋼管を溶接、最近のF1などではCFRP成形パイプを接合し て、強固なAアーム構造とするようになっているのである。サスペンションの作動機構、主バネやダンパー、アンチロールバーなどを車体内部に収めてリンク機 構で動かす設計も、やはりこの空力最優先要件によって定着してきたものだ。
しかし、このサスペンションリンク・デザインがあらゆるモータースポーツ車両において「最善」の形態だとは限らない。1969年のシーズン中に急遽施行さ れた車両規則、「空力的付加物は全て車体側に組み込まれ、固定されていなければならない」というルールがその後の競技車両の形態を縛り、今日に至ってい る。サスペンションもその前提の中でデザインされてきた。しかし1960年代後半のレーシングマシン・デザインにおいては、車体とタイヤの間で働くサスペ ンションの機能に対して、より論理的に思考する中から生み出されたリンク・レイアウトが存在した。今回紹介した「全てを単純なロッドで高構成するサスペン ション」は、まさにその時代の考え方に基づいたものだ。
しかしマシン・デザインはバネ上側に空力的ダウンフォースを生み出すこと最優先。速度の2乗に比例して増加するその空気力をサスペンション(のバネ)を介 して伝え、しかもダウンフォースの多くを車体底面と路面の空隙を抜ける空気によって作るために、底面高さと車体姿勢の変動はできるかぎり小さくする。その ためにサスペンション・ストロークはごく小さい。そういう方向への特殊化を続けてきた今日のレーシングマシンは、サスペンション・デザインもきわめて特殊 な方向に「進化」しているのである。
しかしこの講座のテーマである「アマチュアでも『ドライビングというスポーツ』を実感し、楽しみ、磨くことができる車両」は、その走る舞台からして空力荷 重の効果が現れにくいレベルの速度域が主となるわけだし、それ以前に速度の二乗に比例して増減する空力荷重、それがタイヤの摩擦力を変動させることに対応 したドライビングを要求することになるのも好ましくないのではないか。つまり、空力荷重最優先の車両企画とは一線を画した『デザイン』で良いはずだ。
そうであれば、1969年というレーシングマシンの形態進化の分岐点まで戻って、クルマ全体も、そしてもちろんサスペンションのレイアウトも、別の進化の道筋を考えてみたら、もっと良いものが生み出せるはずだ。今回の参考例はその出発点だと考えてほしい。
次回は、このサスペンションを構成する主要な要素について、その機能と設計について検討してゆこうと思う。
車輪と車体を連結するリンクの「位置決め」「力」の機能を整理し、1本の棒(ロッド)がそれぞれに分担する構成のサスペンション