どんな製品でも、新しいモノを生み出す時の出発点は「コンセプト」にある。コンセプト、すなわち「何を求め、実現するか」について解説する。
どんなモノを生み出すかというコンセプトを思い描く。その最初のステップではさまざまな思いを自由に巡らせ、それを言葉や絵にしてみることから始め る。現実の製品開発を始める時にはまず開発スタッフが集まって、自由討論を繰り広げる中からコンセプトを浮かび上がらせ、固めてゆくやり方もしばしば行わ れている。
競技専用車両をイメージしているのだから、ここでたとえば「速い」というキーワードが出てくるのは当然だろう。しかし「速い」と はどういうことなのか? どういう状況でどんな速さが実現できればいいのか? それ以前に速さを生み出す原理原則は何か? 自動車において、その車両運動の全てはタイヤと路面の間で発生する摩擦力によって作り出されるものなのだから、まずはそのタイヤと車両運動を考えてみよ う…などと思いは巡り、深まってゆくはずだ。
あるいはまた、アマチュア・レベルのドライバーをターゲットにするとなれば、「扱いやすい」と いうキーワードも思い浮かぶことだろう。ここでもキーワードとしては簡単だが、クルマに乗り込み、走らせ、タイヤと路面の摩擦力を感じ取り、引き出して操 るというプロセスの中の様々な局面で「扱いやすい」ためにはどんな資質を持てばいいのか、そこをひとつひとつ考えてゆくと、数多くの要素が浮かび上がって きて、そのそれぞれについて「どうあればより良いものになるのか」を描いてゆかないと「扱いやすいクルマ」の姿は具体的になってこない。
こうやって、最初は簡単なイメージを言葉にしてみるところから始めるとしても、そうしたキーワードだけで「これがコンセプトです」と言うのは稚拙すぎる。そ のイメージ(ワード)が意味するものは何か、具体的に自動車として、モータースポーツ車両として、どんな資質を意味するのか、どんな動きが、あるいは人間 とクルマの関係が、そのイメージを生み出す(はず)なのか、といった思考を論理的に展開するプロセスを深めてゆくと、ひとつひとつ具体像が形づくられてゆ く。それを複数のイメージに対して繰り返すことで、最終製品につながるコンセプトが形作られてゆくのである。
人間が操る自動車における「ドライビングというスポーツ」のエッセンスを凝縮し、高い運動能力を実現する。それがフォーミュラカーという形態に行き着くこ とにも、ある必然性がある。フォーミュラカーとはどんなものかといえば、「ドライバーとなる人間一人だけが乗り」、その周囲に4本のタイヤが着いただけ の、最もシンプルな形態、と表現できる。もちろんその「塊」にある運動エネルギーを与えるための動力は欠かせないし、それらを包む骨格とタイヤの間をつな いで、様々な運動に対してタイヤを路面に接地させ続けるサスペンション、運動エネルギーを吸収・放出するためのブレーキも必要だが、それらも全て基本機能 に忠実に組み上げられていったところに、フォーミュラカーならではの単純美が生まれる。
「ドライビングというスポーツ」を楽しみ、磨き、競う人間の立場から、その単純さをどう考え、論理を導くか。これも今回の車両企画におけるコンセプト・メ イキングの「鍵」のひとつとなる。答はひとつではないし、それぞれに考えてイメージを紡ぎだすべきものだが、ひとつだけヒントを書いておくならば、ドライ ビングとは結局のところ、タイヤと路面の間に生まれる摩擦力を作り、コントロールすることに尽きる。つまりドライバーにとってクルマを操ることのエッセン スは4つのタイヤの接地面を感じ取り、そこに起こる摩擦の大きさと方向を操ることで、車両の運動を組み立ててゆくことにある。
人間はボールを使うスポーツで、手具の打面にボールが当たる瞬間に手でその当たり方やたわみを感じ取り、打ち出されてゆく球の落下点はもちろん、球に与え る回転までも瞬時に操ることができるようになる。この「打つ」瞬間に手具の存在は消え、手と、そこにつながる肉体が対象物である球を直接感じ取っている感 覚が生じている。自動車でもそれは可能なはずだ。それに最も近づける車両形態がフォーミュラカーであるはずだ。このヒントからさらに考えを深めて、それぞ れのコンセプトに結びつけてほしいと思う。
こうして「(人間にとって)自動車とは何か」というところまで思いを巡らせて、「小さく軽いモータースポーツ車両」をどんなものにするか、その基本コンセ プトとなるいくつかのキーワードが見えてきて、最初にも述べたように、それらが具体的にはどんな資質、どんな現象や機能を意味するのかを考え、具体的にし てゆくと、そこに「創る(創りたい)モノ」の像がおぼろげにせよ、浮かび上がってくる。
それを実現するには、どんな技術要素が必要なのか、そして運動能力の目標をどのあたりに設定するか、と考えを進めてゆく。たとえば動力源に何を選ぶかも、 じつはそこで決まってくるものだ。内燃機関か、電動モーターか、それぞれに特徴的な出力特性があり、エネルギー源までを含めた重量や寸度も異なる。そこでどこに焦点当てて何を求めるか。それぞれの弱点をカバーする方策は何かあるか。
ここでも「ドライビングというスポーツ」のために、という基本的視点に立てば、電動モーターの一般に言われている利点はさしたる意味を持たず、むしろドラ イバーのアクセルワークに対する追従が内燃機関よりも各段に速くなりうるとか、瞬発力が高くなりうるといった可能性のほうが重要になってくる。しかしそれ を現実に活かすとなるとモーターや駆動回路の設計から制御まで、既成の発想を破って出ることが必要になる。
ここでも「ドライビングというスポーツ」のために、という基本的視点に立てば、電動モーターの一般に言われている利点はさしたる意味を持たず、むしろドラ イバーのアクセルワークに対する追従が内燃機関よりも各段に速くなりうるとか、瞬発力が高くなりうるといった可能性のほうが重要になってくる。しかしそれ を現実に活かすとなるとモーターや駆動回路の設計から制御まで、既成の発想を破って出ることが必要になる。
一方、内燃機関は素性がわかっているだけに、何を選ぶかは考えやすい。今回の車両企画では、既存のエンジンから選ぶことが早道となるが、それでもコンセプ トを実現するためには「パワーパッケージ」としてどんな形態・寸度と、どんな性能・特質が望ましいのか、それに最も適合するユニットはどれか、可能な限り の可能性を検討することから始めたい。その先では、かつて1950年代後半にBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)の技術者としてまった く新しい小型車の開発を命じられたアレック・イシゴニスが、ミニ(もちろんオリジナルの)を生み出すにあたって経営者に言われた「エンジンは何を使っても いい。ただし我々のラインアップにあるもの、だが」という一言に近づく、つまり現実に選択できるものから選ぶ、というところに絞り込まれてゆくことになっ たとしても。最近の加工技術をもってすれば、外郭を素材から削り出し、既製品として市販されている(量産車両用だけでなく世界には様々なチューニングパー ツがある)ピストン、コンロッド、クランクシャフトなどの運動部品を組み合わせて、オリジナルのパワーユニットを仕立てるという『冒険』も不可能ではな い。
そうやって想像力と創造力をいっぱいに働かせ、コンセプトを具体化する技術要素(運動特性、基本ユニット、それらの構成など)が「見えて」きたら、次はそれらを『パッケージング』する段階に入る。次回はこの「パッケージング・レイアウト」について考えを巡らせてゆくことにしよう。