その2:車両運動の基礎特性を測る・知る。
実際に「ステア特性」を測定する試験法は、まず平坦な路面に「円」を描くことから始まる。この円の大きさ(半径)によって、現出するステア特性はかなり変わる。とくに円が小さすぎるとアンダーステアが強く現れるし、逆に大きすぎると駆動力の影響が強く現れて、高速=高G側で駆動輪の横すべりが大きくなる。
アンダーステア・オーバーステアの定義と、その試験法(定常円旋回試験)。 舵角もしくは旋回半径のどちらかを一定にして、速度=求心加速度を増加させていって、旋回半径もしくは舵角の変化を見る。
同様にある旋回半径を設定して、それを保持するように舵を変えつつ旋回する「半径一定法」と、最初に同じ大きさの円をごく低速、遠心力が生じない速度で 走って舵角を決め(この段階では「半径一定法」と同じ操舵角になる)、そこから操舵角を一定に保持したまま、速度を変えて旋回する「舵角一定法」とを比較 すると、「半径一定法」のほうがアンダーステアが強く、全体としてステア特性の変化が大きく現れる。
とはいえ、車両開発においては一定の条件で試験した結果を比較して、そこに現れる傾向を読み取り、もっと複雑な実走行の中での特性を磨いてゆけばいいのであって、ある旋回円(と路面)を決め、試験法を決めて、特性を測り、蓄積してゆけばよい。
たとえばフォーミュラSAEのDynamic eventに「スキッドパッド(skid pad)」がある。これはまさにここまで説明してきた「定常円旋回試験」のバリエーションそのものであり、最初にこの規則を定めた人々が、車両開発の、とりわけ「運動性能をつくる」ことを追求する時のやり方を熟知していたことが伝わってくる。そもそも「スキッドパッド」とは、この種の旋回試験を行う平坦な円形試験場のことだ。
その走路の内側限界は「直径15.25m」と規定されている。実際に車両を試験し、その結果を整理する上で重要なのは「重心点軌跡」なので、この走路を実際に車両が走行した時に、重心点が描く円の半径が何mになるかを、実際の走行を観察した結果などから確かめるか、何らかの手法が直接計測できるようにしておく。ヨーレイトと車速が正確に計測できれば、そこから計算で求めるとこもできる。
アンダーステア・オーバーステアの定義と、その試験法(定常円旋回試験)。 舵角もしくは旋回半径のどちらかを一定にして、速度=求心加速度を増加させていって、旋回半径もしくは舵角の変化を見る。
上記の試験法としては「半径一定法」であり、まずごく低速、遠心力がほとんど現れず、タイヤの横すべりもない状態で(マシンを人力で押すなどして)、指定の円を周回できる操舵角を決める。これが基準の円、半径“R0”を旋回する基準の操舵角“H0(ゼロ)”となる。
そこから、一定の円を、一定の速度と一定の操舵角を維持して旋回する走行に入る。そして旋回速度(一定)を、段階的に変化(増加)させて、同じように「定常円」を描き操舵角Hを確かめる計測を繰り返す。これが「舵角一定法」の場合は、各条件での計測値から旋回半径Rを算出するものとなる。
その測定結果を、まずそれぞれの旋回(速度違い)における操舵角Hを、H0との比、すなわち“H/H0”(舵角一定法の場合はR/R0)で整理し、それを求心加速度に対してプロットしたグラフを描く。
同様にH/H0(R/R0)を車速の二乗V^2に対してプロットすると、その曲線の傾き、特定の点においては縦軸H/H0とV^2の比が「スタビリティ・ファクター」とされる。車両特性の評価と開発においてはこちらはあまり重視する必要はない。
定常円旋回試験の結果を整理、アンダーステア・オーバーステア特性を確かめる。 基本的には求心加速度の変化に対して操舵角(あるいは旋回半径)の変化をプロットする。
ここで車上に設置した加速度計で横方向の加速度を計測しても、車体がロールするとその傾きが加わった状態で測った加速度になり、すなわち重力加速度の成分が上乗せされた値になる。したがってデータ整理と評価において、この値は使えない。(求心加速度がわかれば、それと車載加速度計の表示値との差からロール角を計算・推定することはできるが、その精度は低い)。
そこで、旋回半径と瞬間車速(どちらも一定で走っているはず)から、求心加速度を求める。車速も車両側で車輪回転から算出する値は、タイヤの変形や滑りが加わった状態なので、高G旋回になるほどその数値の信頼度は下がる。そこで一定円を維持している、という前提の下で、半周(か1周)の走行時間を計測し、それと円周長さの関係から旋回速度(接線速度)を求めるのが、別に正確な計測器を装着しない試験の中では現実的だろう。
ヨー角速度ω[rad/s]=V(車速)[m/s]/R(旋回半径)[m]
であるので、この中で信頼に足る数値を二つ得れば、アンダーステア・オーバーステア特性を表すデータの整理は可能である。同時に
求心加速度g[m/s^2]=V(車速)^2/R(旋回半径)
これを重力加速度9.8m/s^2で除すことで無次元量「G」として表すことができる。
定常円旋回試験の操舵角あるいは旋回半径の変化を車速の二乗に対してプロットすると、その曲線の傾きが前後タイヤ横力の合力着力点と重心点の距離を示す「スタビリティ・ファクター」に相当する。
じつは、この定常円旋回試験によって得られる車両の基礎特性は、ステア特性多けではない。簡単な計測によって、求心加速度に対するロールの大きさとその変化、タイヤの対地キャンバーについても同様に、求心加速度に対する状態とその変化を、それぞれ確かめることができる。
「簡単な」というのは、「写真撮影」である。車両が最も落ち着いた、つまり定常円を描く位置で、旋回円の接線上・車両の前後方向にカメラを設置。視点を重心点高さ付近に固定し、画像の歪みを除去するためにレンズの焦点距離は望遠側に設定する(35mm換算で200mmは欲しい)。これで、車両が円周と接線が交差する位置を通過する瞬間にシャッターを切れば、小さく横すべりしているはずだが、遠心力を受け、ロールした状態で旋回している車両の正面視(前後)が撮影できる。
もちろん、あらかじめ車両と路面側の両方に、計測点となるマーカー(点)を複数設置しておき、とくに路面側のマーカーを結んだ線と、車両側のマーカーを結んだ線の相対角度から、特定の周回でのロール角、さらに路面側マーカーと車輪やタイヤの映像、あるいは専用の計測用アダプターを準備すればより正確に、タイヤの対地キャンバー角を読み取ることができる。
より細かく観察すれば、前後のサスペンションのストロークの現れ方、ロールの大きさとロール姿勢なども、「定点観測」できるはずである。
定常円旋回状態の車両を円の接線方向から撮影する。 その写真から、基準線に対する車体とタイヤ、リンク類の変位、傾き、その他の幾何的情報が読み取れる。