第9回 chapter3 サスペンション・デザイン

その5:ステアリング・ジオメトリーとその検討

「転舵軸」の幾何学--まずは側面視から

サスペンション機構のレイアウトを固めてゆく中で、必ず目を配らなければならないのが「ステアリング機構とそのジオメトリー」である。

タイヤの向き(基本的には前輪)を保持する、そして動かすために、どこにどんなメカニズムを配するか、タイヤと車体が相対運動(ストローク)する中で、それがどう動くか、あるいは動かないようにするか。そこを考えて、サスペンションの、さらに車両レイアウト全体のデザインに織り込んでゆく。ここをおろそかにすると、ドライバーの意志と操作に応えるクルマは生まれない。

その基本としてまず、操舵系の幾何学、いわゆるステアリング・ジオメトリーについて確認しておこう。

ホイール+タイヤがハブキャリアと一体になって向きを変える。その回転軸を「転舵軸」と呼び、旧い呼び方では「キングピン」とも言い習わしてきた。今日我々が検討しているようなダブル・ラテラルリンク系の独立懸架では、上下のラテラルリンク先端の球面ジョイントの回転中心を結んだ線が「転舵軸」となる。

タイヤに対して「転舵軸」をどう“通す”かは、3次元空間の中の幾何学(ジオメトリー)である。

この転舵軸と車輪を側面から見た時、後傾角が付いている。これを「キャスター(角)」という。そのまま転舵軸を下に延長した仮想線が路面と交わる点と、接地面中心すなわち側面視におけるタイヤ中心垂直線との距離が「トレール」である。

一般的に、このキャスターとトレールは「転舵からの復元性を生じさせ、直進性を高める」ものと解説される。

トレールがあるとタイヤ全体の向きを変えようとする動きに対して、接地面の中に生ずるタイヤと路面の粘着力(摩擦力)が転舵中心(路面との交点)まわりの トルクを生み、それはタイヤを直進に戻す方向に働く。同時にキャスター角によって転舵軸よりも後方に位置する接地面は、転舵の回転運動が起こると幾何学と しては下方に移動するが、路面は動かないので逆にタイヤが車体を持ち上げる動きを生ずる。その動きは「押し上げ力」を伴い、これも転舵されるタイヤを直進 に戻そうとする方向に働く。

さらに付け加えるなら、キャスター角がついていることで、舵を切り込んで旋回に入ると、タイヤが旋回内側に倒れる動きが加わる。つまり対地キャンバーが旋回外側輪で見ればネガティブ側に増える。グリップを維持することについてはプラスに働くわけだ。
したがってキャスターとトレールが「クルマを直進に保とう」とするように働くことはたしかだが、それが「強く働く」のが良いわけではない。

とくにトレールは、ステアリングを切ると転舵軸(路面との交点)よりも後方にある接地面が、舵を動かすことで起こそうとしている前輪の横への運動とは逆方 向に動く。これを車体側から見れば、タイヤが路面を「蹴る」動きとなる。この、舵を動かすことで起こる「横蹴り」が強すぎると、ドライバーにとってはステ アリングを切り込む最初のところから、クルマが向きを変えようとする反応がきつくなり、旋回する動きを滑らかに組み立てるのが難しくなりがちだ。もちろ ん、転舵中心が接地面の中で前寄りにオフセットするということは、摩擦力が「舵を戻そう」とする方向に働く、そのモーメントアームが増加する領域が広がる わけで、操舵力・保舵力も増える。

キャスターに関しても強く傾ければいいわけではもちろんないが、しかしトレールほどはシビアな影響を出さずに直進維持効果を得られることが経験的にも知ら れているので、キャスター角をそれなりに付けながら、トレールを調整(減らす)ために転舵軸全体を車輪に対して後方にずらす(オフセットする)設計手法が しばしば使われる。これを「車輪を前にずらす」という意味で「フォアラウフ」と呼ぶ(転舵軸側から見れば逆に「後にずらす」ので「ナッハラウフ」と呼んだ 例もある)。

念のため付け加えると、転舵する車輪(ここでは前輪)を駆動する場合、とくに ダブル・ラテラルリンク方式では駆動伝達軸の車輪側ジョイントと車輪中心が一致していることが必須条件となるため、コンプライアンス(ブッシュ類の変形) がある一般車でも、フォアラウフはほとんど付けられない。我々 がここで検討しているような各部の遊びや変形がごく小さなサスペンションを持つクルマでは、こうした幾何学的な動きが正確に現れる。それに比べてサスペン ション・リンク類の結合部に大小のラバーブッシュを組み込むのが当たり前の市販乗用車は、車体と車輪の間の相対変位も増えるし、サスペンション・ストロー クも大きい。そこでキャスター角などのジオメトリーもその分だけ強めに設定されることも頭に入れた上で、自分たちのマシンのためのジオメトリー諸元を組み 立て、検証することを推奨しておこう。

正面視での転舵軸は接地面のどこへ?

次に転舵軸と車輪(前輪)を車両前方から見る。ここでもまず、転舵軸の延長線が路面と交わる点(転舵中心)を、接地面の中のどこに置くかが「舵の重さ」、正確にいえば操舵反力の大きさと現れ方にダイレクトに影響する。そこで転舵中心と接地面の中心投影点、言い替えるならタイヤ回転中心面との距離に着目、「スクラブ半径」と呼んでいる。

スクラブ半径が大きく、転舵中心が接地面の内側寄りにオフセットしていると(こちら側が「ポジティブ=正の、スクラブと定義される)、舵を切る中で接地面全体が転舵中心の外側を「遠回り」する形で動く。もちろんタイヤの粘着力(摩擦力)が転舵軸まわりに形作るトルクは大きくなる、つまりステアリングが重くなるわけで、それだけではなく、路面の凹凸を踏んだ時の衝撃、いわゆるキックバックも大きくなるし、ブレーキをかけた時に接地面内に後向きの摩擦力が発生すると、それも転舵軸まわりのトルクを生じて、左右輪のグリップに差が出た瞬間に「舵が取られる」動きもきつく現れる。

逆にネガティブ・スクラブ、つまり接地面の中心よりも外側に転舵中心が来るジオメトリーだと、接地面の向きを変えるという手応えが現れにくく、操舵する人間としては手に伝わってくる感覚、重さの変化に違和感を覚える。またブレーキング時に左右が摩擦力が異なる路面に乗った瞬間は、滑りやすい側に舵を取られるので動きとその修正には違和感がある

そうした事象から、スクラブ半径の設定は「基本はゼロ(=転舵中心を接地面中心線と一致させる)。それが難しい場合もわずかに(何mmか)ボジィティブ側(転舵中心が内側寄り)」が定石となる。

キングピンは「内傾」させたくない。

しかし“前から見た”転舵軸を設定・設計する中で着目しなければならないのはスクラブ半径だけではない。

ホイールの中に“詰め込む”要素として、たとえばブレーキ・メカニズムがあり、とくにディスクは制動力と熱容量を増やすためには、車輪内周いっぱいまで使って入るものにしたい。転舵軸の下側ポイントを決めるロワーアームの外側ボールジョイントは、そのディスク面と緩衝しない位置に置くことになる。ここでロワー・ボールジョイントをタイヤ回転中心面に近づけようとすれば、ホイール・オフセット(タイヤ回転中心面とハブ=ホイール取付面の距離)を増やさないといけない。あるいはブレーキ・メカニズムの配置を工夫するか。

ロワー・ボールジョイントをタイヤ回転中心面よりも内側に寄って置いたところから、上述のようにスクラブ半径を縮小しようとすると、転舵軸は内側に傾く。つまりアッパーアーム外端のボールジョイントが車体側に寄る。この、正面から見た時の転舵軸の内傾を「キングピン・インクリネーション」、そして車輪中心における転舵軸とタイヤ回転中心面の距離をとくに「キングピン・オフセット」と呼ぶ。

駆動する車輪を転舵する場合は、転舵軸が駆動軸の車輪側ジョイントの中心を通るようにしなければならない。したがって車輪内部の設計にさらに意を注いでジョイントを車輪側に追い込まないと、ここでもキングピン・インクリネーションを増やさざるを得なくなる。

この内傾角は色々と“わるさ”をするので、ステアリング・ジオメトリーとサスペンションのデザインの中では注意を払う必要がある。

まずタイヤを転舵する時には、内傾している軸から離れた位置で直立しているタイヤの「面」が回ってゆくので、旋回外輪ではキャンバーがポジティブ側に倒れてゆく。内輪では逆で、どちらも対地キャンバーとしては旋回外側に倒れる方向、つまりタイヤの摩擦力を引き出すのには好ましくないものになる。キャスター角である程度は相殺されるけれども。

さらに転舵軸の傾きとキングピン・オフセットによって、タイヤの回転トルクが転舵軸まわりのモーメントを生む。駆動輪の場合は、その駆動トルクの変動によってとくにこの問題が顕著に現れるが、駆動しなくてもブレーキングはもちろん、回転体であるタイヤを傾いた軸まわりに向きを変えさせると、ステアリングに本来は出ないはずの「重さの変動」や振動を伝えることになる。

ここで日本の先人たちが生み出した知恵が、ひとつのヒントを与えてくれる。1960年代半ばに開発されたスバル1000は、初めての前輪駆動車両を手がけるにあたり、正面視で転舵軸がタイヤ回転中心面を通る「センターピボット」ジオメトリーを実現した。ブレーキ・メカニズムをインボード(駆動軸の内側端)配置にしてまで、このジオメトリーにこだわったのである。その操舵感の自然さ(当時はもちろんパワーアシスト無し)を記憶している人も多い。実際にこうしたステアリング・ジオメトリーを試作して実験したこともあるが、その素質の良さは確実だ。逆に雑な設計でキングピン・インクリネーションとキングピン・オフセットが大きくなってしまった車両で、操舵の反応と感触がよろしくない事例にも少なからず出会っている。

車体に対して路面を傾けてロール運動とジオメトリー変化を検討する。

ストローク時のトー変化をいかに抑えるか。

ステアリング・ジオメトリーに関して、ぜひとも重視してほしい設計要素がもうひとつある。それは「バンプステア」。つまりサスペンションが上下にストロークした時に、操舵輪のトー(車輪の向き)がどちらにどのくらい変動するか、である。理想としては「バンプステア=ゼロ」。サスペンションの伸縮に対してハブキャリアから出た操舵腕、いわゆるナックルアームの先端ジョイントが描く軌跡と、車体側のステアリングギアから伸びるタイロッドの先端が描く軌跡が一致していれば、トーが変化することなく車輪はストロークする。

たとえば直進状態で片側の前輪が凹凸に乗り上げ、サスペンションが縮む、あるいは伸びる瞬間にトー変化が出ると、クルマのフロントがその動きの方向にふらつく。ブレーキをかけてノーズダイブし、フロント・サスペンションが縮み側ストロークに入りつつある中で、こうした路面凹凸を踏むことはままあるわけで、その瞬間に舵を取られたり、ふらついたりすると、挙動コントロールが正確にできず、走りのリズムが崩れ、タイヤのグリップを使い切って走ることを妨げる。もちろん旋回中でも、とくに外側前輪が凹凸を踏んだり制動・駆動によるピッチングを起こしたりすることは必ず起こる。

ダブル・ラテラルリンク方式の場合、上下どちらかのラテラルリンクと同じ高さ と位置に同じ長さのタイロッドを配置すれば、少なくとも直進近傍ではバンプス テア=ゼロとなる(大きく転舵してタイロッドが平行移動している状態ではそのかぎりではないが、これはしようがない)。だから純レーシングマシンでは、ラ テラルリンク+タイロッド同一平面配置が基本なのである。

車両全体のレイアウト上の都合で、やむをえず上下のラテラルリンクからずれた位置にタイロッドを配する場合は、サスペンションのストロークに対して上下リンク外端ジョイントそれぞれの軌跡を描き、それによって決まるハブキャリアの位置と角度の変化を求め、それと一体になっているナックルアームをまずどこにどう置くかを検討し、次にその点の軌跡(円弧)を求める。この円弧とタイロッド外端がストローク時に描く軌跡が一致するように、その内外端の位置、ロッドの長さと初期角度などを描いて検討し、車体側のステアリング・ギアボックスおよびタイロッド結合部の位置を決めてゆく、というプロセスが求められる。

少なくとも走行時に起点となるサスペンション・ストロークから縮み・伸びのストロークが始まる範囲では、トー変化が出ない設計としたい。さらにストロークが深くなったところでトー変化が生じざるをえない場合は、バンプ→トーアウト(タイロッド前方配置ならナックルアーム端が外側へ、後方配置なら逆に内側へ)にしたほうがドライビングの対応は多少楽になる。

「アッカーマン・ジオメトリー」について

もう一点付け加えておくなら、一般車のステアリング・ジオメトリー設定において重要視される「アッカーマン=ジャントーの原理」、すなわち左右前輪のナックルアーム(車輪側転舵腕)の延長線を後車軸中央で交差させ、4輪の旋回円の中心を一致させる手法については、競技専用車両では必然性が薄い。なぜならば「アッカーマン・ジオメトリー」は、タイヤが粘着状態にある低速走行の中で小さな円を描く時に4輪を滑らかに転動させるための発想であり、ここで考えているような競技専用車両はそうした旋回は移送時などを除いてほとんど行わないからだ。


むしろタイヤが横すべりしつつ大きな摩擦力を発生している状態での外側前輪のグリップや操舵応答に着目して、内外輪の転舵ジオメトリーを考えることが望ましい。あるいは転舵ジオメトリーよりも他の設計要件を優先する考え方もありうる。F1などの競技専用車両ではアッカーマン・ジオメトリーを成立させた事例はほとんど見られず、逆にアンチ・アッカーマン・ジオメトリーを採用し続ける設計者、コンストラクター(車両製造企業)もある。

「サスペンションをデザインする」ことの醍醐味

この「サスペンションをストロークさせて、リンク類のピボットの軌跡を描く」ことは、サスペンションをデザインするプロセスでは不可欠であり、キャンバー変化についても、トー変化と同様にリンクの長さや角度(内外のピボット位置)を変えて描画し、車体と路面の角度と位置の変化に対応してどんな変化特性が得られるかを繰り返し検討する。

ここで目を配りたい要素を簡単にまとめておくならば、キャンバー変化は、車体と路面の角度が増えてゆく(車体のロール)のに対して、縮み(バンプ)側で対車体キャンバーがネガティブ側に同じだけついてゆけば、対地キャンバーが正立状態を保てる。しかし同時に上下リンクが形作る車輪揺動の瞬間中心の移動が過大にならないように(左右方向、下方向)。また旋回時に遠心力を受ける旋回外側輪のサスペンションが縮んだ状態で踏ん張るあたりのストローク位置で、ラテラルリンク(とくにロワーアーム)の角度が路面に対して水平よりも車体側が下がった角度が強くなると旋回時にジャッキダウン、逆に外下がりが残ったままだとジャッキアップを起こす分力が発生する。同時に、接地面の横移動量(「スカッフ」あるいは「トレッド変化」と呼ぶ)も、縮み側で外側に向かう動きが大きいとタイヤが「横に蹴る」動きが出て、ヨーイングを打ち消したり、旋回軌跡がずれたりする挙動を生んでしまうので要注意だ。

こうした要素を考え合わせる中で、縮み側ストロークで車体=路面のロール角と対車体キャンバー変化を一致させることにこだわりすぎると逆にネガティブな特質を持ってしまったりもする。実際に走ってみて対地キャンバーがどうしても不足する分は、とくに競技車両ではキャンバーの初期値をネガティブ側に設定しておくことで合わせ込むことでも対処はできる(このあたりはいずれ、基礎試験から実戦に向けたセットアップを考える中で検討したいと思う)。

いずれにしてもサスペンション・デザインは、ここまで検討してきたような様々な要素の複雑な組み合わせの中で、何かを変えてはどこがどう変化するか、それを車両運動をより良いものにするにはどう変えればいいのか、さらに自分たちの車両特性のコンセプトに合うのか…と知恵を絞り、また要素を変えて動きを描き、頭をひねる、という繰り返しになるのであって、仮説を組み立て、考えを進めるほどにそのプロセスのおもしろさが深まる。自動車の設計の中で最もおもしろい領域と言ってもいいだろう。かつてはストロークに対する車体と車輪の相互運動も図面を手描きしては検討することを繰り返したものだが、今はCADがあるから要素変更~描画の作業がずいぶん楽に、早く進められるようになった。その分だけ、設計者の“楽しみ”は増している、はずなのだ。