第8回 chapter3 サスペンション・デザイン

その4:サスペンション機能要素設計の考え方

クッション・ユニットの配置

主ばね(スプリング)の機能はシンプル

今回は、サスペンションを形作る機能要素の設計について、それぞれにどうあるのが好ましいかを考えてゆくことにしよう。

まず、車体と車輪の間でサスペンションが伸縮する動きをコントロールする「クッション・ユニット」から。

車体が持つ質量と、そこに作用する慣性力を受け止めるのは、車体と車輪の間に設置されたスプリング(主ばね)の役割だ。とかく自動車工学の教科書におい て、サスペンション・スプリングの役割は「タイヤが路面の凹凸を通過した時に発生する上下方向の衝撃を受け止める」ものだと記述されがちだ。もちろん路面 に相対的に大きな凹凸やうねりがある状況ではそのとおりであって、しかし十分に平滑な舗装路面で加減速と旋回運動を重ね合わせて走り続けるサーキット・ モータースポーツのための車両においては、見方を変える必要がある。スプリングが受け止める荷重としてはまず慣性力を考えるべきであり、同時に伸び側スト ロークの中でタイヤをできるだけ路面に押し付けることも大切な機能のひとつとして意識しておきたい。つまりタイヤの摩擦力の上限を把握し、そのグリップが 生み出す車両運動の結果現れる慣性力の大きさに応じて、スプリング・レートを設定し、さらに微調整するというアプローチが求められているのだ。

このスプリングの設置場所は、さほど神経質になる必要はない。多少のレバー比があっても、すなわち車輪の上下運動(ストローク)と1対1の関係で伸縮する位置に置かなくても、スプリングの「荷重による変形」と「反力の発生」という機能は阻害されることがない。

付け加えるなら、ここで設計検討しているような、比較的平滑な舗装路面を走る競技専用車両の場合、車輪の縮み(バンプ)側ストロークが深くなるにつれて、 主ばねを押す量を少なくしてゆき、見かけ上、ばね定数が高くなってゆくようにする「プログレッシブレート」化はほとんど意味がない。コイル・スプリングの 軸が傾いていたり、あるいはそれを押す揺動腕の軌跡によって若干のプログレッシブレート化が起こるのはそのままでよいけれども。

バンプ・ストロークの奥のところはバンプストップラバー(材質としては合成ゴムやウレタン)で、ばね定数が途中から高まるようにして受け、止めることで十分だし、そのほうが走らせやすく、またセッティングもしやすい。

ダンパーこそ、車両の過渡的な動きを作る存在

これに対して、スプリングと組み合わせてレイアウトされるダンパーのほうは、その取付場所、車輪の上下ストロークをいかに伝えて動かすかが、クルマの走り にきわめて大きな影響を与えるす。ダンパー(「ショックアブゾーバー」と表記されることも多いが、「ショック=衝撃や荷重変動」を「アブソーブ=緩衝す る」のはつい先ほど述べたようにスプリング(ばね)の役割であり、この呼び方は不適切)は、サスペンションのばね系を単純な振動モデルに置き換えて論ずる 中では「振動を減衰するもの」「揺れを収めるもの」として片づけられがちだが、じつは車両の運動、走行の全般において、はるかに重要な存在なのである。

これについては、また改めて考え、語ってゆくことにしたいと思うが、ダンパーが果たす役割について要約するならば、車体と車輪の相対運動の速さをコント ロールするものなのであって、タイヤの接地性を高めることから過渡的な車両運動の現れ方、扱いやすさに至るまで、クルマの走っぷりに最も大きな影響をもた らすサスペンション機能要素なのである。市販車か競技車両かを問わず、クルマを走らせる中で人間が体験・体感する車体の動きや旋回挙動のほとんどはダン パーによって変化し、最適化できるものだと考えていい。

その中で求められるダンパーの特性は、単に主ばねの反力(荷重範囲)と固有振動に対する減衰を考えればいいわけではなく、過渡的なサスペンション・スト ロークに対してどう作動し、微小運動領域から減衰力を発生させるか、さらに競技車両用としては減衰特性調整機構があったほうがよく、しかもそれが微小領域 から確実に働く構造になっているかなど、多くのポイントに目を配って選ぶ必要がある。

ダンパーには車輪の上下動を直接伝える。

そしてそのダンパーをサスペンション機構の中のどこにどう組み込むか。その基本は「車輪のストロークと1対1の関係で動く」ように置くことにある。車輪の 上下運動を伝える上でレバー比(腕比)が小さくなるレイアウトだと、車輪のストロークよりもダンパーが伸縮する動きのほうが小さくなってしまう。するとス トロークの発生や折り返しに対して減衰力を生み出すダンパーの伸縮も小さくなってしまうから、過渡特性が劣化する。したがって市販車ならばダンパーの一端 (ふつうは下側)を車輪保持部、いわゆるアップライト(あるいはハブキャリアとも呼ぶ)に直接マウントしているかどうかが、走りの良し悪しにそのまま結び つくポイントとなる。

ここで設計の方針を検討している小型競技車両の場合も、とくにリア・サスペンションについては車両骨格(フレーム)とアップライトの間を直接結ぶ形でダン パーを組み込むことは可能だ。そしてそれと同軸にコイル・スプリングも組み込んで、一体の「クッション・ユニット」として扱うことで、全体をシンプルな構 成にまとめることができる。1960年代のフォーミュラカーおよび競技専用車両として最初から企画されたマシンでは、このレイアウトが定石となっていたも のである。

前輪に関しては「転舵」という要素が加わり、アップライトが上下のリンク間で回転するため、そこにクッション・ユニットの下端をピポットするのは難しい (不可能ではないし、転舵=回転によって起こるピボットの移動を逆に利用する考え方もあるが)。そこでラテラルリンクの、できるだけ車輪に近い位置にピ ボットして、すなわちレバー比を1に近づけるレイアウトを策定するようにしたい。

リンクを介したダンパー作動機構には精度と剛性が不可欠

今日のフォーミュラカーにおいて、クッション・ユニットが車体と車輪保持部の間を直接結ぶレイアウトはほとんど見かけなくなった。その最大の理由はここで もまた空力設計を最優先するところにある。つまり車体側面を流れる気流の中を横切る形になる車輪との間を結ぶサスペンション機構を、できるだけ少なく、断 面積を小さく、あるいは空力的に不利の少ない形状にしたい。しかもサスペンション・ストロークもごく小さい(これも空力的要求から)ので、ストロークをき れいに作り出す最適設計よりも空力要求のほうが優先されているのである。とはいえ設計者は、リンク・レイアウトによる慣性力とタイヤ摩擦力の間の幾何学 や、車輪保持部と車体内部に収めたダンパー、スプリングの間を結ぶ作動機構で力をいかにうまく伝達するかなどに目を配ることが求められる。その設計の巧拙 はちゃんとマシンの「速さ」に現れてくるのである。

今回我々が設計検討を進めているようなマシンであっても、車体側に主スプリングとダンパーを収め、車輪保持部との間をリンク機構で結ぶレイアウトも、もち ろん考慮と選択の対象となる。その場合、まず「車輪の動きと力をいかに効率よく伝えるか」から構想を組み立てていきたい。車輪の動きを取り出す点もアップ ライト直付けか、できるだけそれに近いラテラルリンク上に設け、最終的にダンパー(とスプリング)を動かすまでのレバー比も1に近づけることは、ここでも 基本である。そして取付点や揺動部が多くなるほど、そこに力が加わりつつ回転する時に生ずる摩擦が動きと力を伝えにくくして、ストローク・コントロールを 妨げるから、伝達リンク類の配置や揺動部分の設計においては、力が加わる方向やそれに対する剛性(リンクや揺動腕だけでなく、それらの車体側取付部につい ても)、滑らかな回転などについて、様々に目を配り、考えを巡らせて設計を進めることが求められる。

なお日本の学生フォーミュラ関係者の中で、このサスペンション・ストローク作動機構の中に組み込む揺動腕を「ベルクランク」と称する人士が多いようだが、 機構学の定義からすればベルクランクは「回転軸から2以上の腕を突き出す」ものであり、プッシュロッド、プルロッドの動きの方向を変えるだけの揺動腕は、 その支点と作用点の位置関係から、ロッカーアーム、スイングアームと呼ぶべきものであることがほとんどだ。ダンパー(ショックアブゾーバーは俗用語)もそ うだが、技術用語は正確に使いたいものである。

アップライトは「三角形」が基本

サスペンションの基本レイアウトが固まってきたところで具体的な設計をまず進めたいのは、車輪を保持するブロック状の部品、いわゆるアップライト(または ハブキャリア)である。ホイールの中に入り込んで設置され、車輪を回転させつつタイヤからの力を受けるハブベアリングを保持するブロックであり、そこにサ スペンション・リンクが連結される「アウター・ピボット」が設けられることでサスペンションがストロークする中で車輪全体がどんな3次元運動をするか、い わゆるジオメトリーを作り出し、同時にそれを保持する。そしてブレーキの制動力発生機構(ディスクブレーキであればキャリパー)を車輪側に置くのであれ ば、その回転力をまず受け止める。こうした機能を同時に果たす要素部品である。

タイヤのジオメトリーを作り、保持するという視点からは、アップライトを位置決めすべきポイントは、キャンバーを設定する上下のリンクとの結合点、そして トー(転舵)を保持するリンクまたはタイロッドとの結合点の3点となる。この3つのピボットが形作る「三角形」の内側にハブベアリングを収めて、それぞれ から加わる何100kgfにもなる力をできるだけ良い形で受け止める。これがアップライトの形を決める時の基本となる。

キャンバー・コントロールに関しては、車輪の中にアップライトとラテラルリンクのアウター・ピボットをどう収めるかを決めることで、そこから伸びていった リンクが想定するジオメトリー変化を実現するために、車体側に結合するインナー・ピボットの位置(とくに車体断面において)が決まってくる。

トー・コントロール(あるいは転舵)に関しては、前にも紹介したように上下のラテラルリンクのどちらかと同じ高さにリンク(タイロッド)を配することで、 バンプステアを最小にすることができるが、そのためにはホイールの中の空間にリンクのピボットをどう配置するかがなかなか難しい。タイヤからの力を受けな がらキャンバーを確実に保持しよう(ジオメトリー剛性を高く)と考えれば、ホイール内空間のできるだけ上下の端にラテラルリンクのアウター・ピボットを置 きたい。しかしトー(転舵)方向の剛性を上げる、あるいは舵を切り、保持するナックルアーム(転舵腕)の長さを十分に取って操舵力・保舵力を重くしないよ うにすることを考えると、ホイール内側空間の中では車輪中心に近い位置に持っていったほうが水平方向の寸法が取れる。

こう考えを進めてくると、上下どちらかのラテラルリンクを少しだけ車輪中心側に寄せて、トー・リンク/ナックルアームのための空間を作るレイアウトを組むことになるわけだ。

というわけで、アップライトの主機能を構成する「三角形」の頂点となるリンク・ピボットの位置を決めるのには色々な角度から知恵を絞ってコンプロマイズ (妥協。良い意味での)を追いかけることが求められる。さらにブレーキキャリパーもアップライトに固定するのであれば、この車輪保持ブロックに加わる力は 5点から入ってくることになる。つまり「五角形」だ。その中に収めるハブベアリングの円筒との間を、力の加わる/伝わる方向を考えながら無駄なく結ぶ。こ れがアップライトのデザイン・コンセプトとなる。

そして前述のように、ホイール内側の限られた空間の中にこの五角形+円筒を収めることから、サスペンション・ジオメトリーを具体化する設計プロセスが進ん でゆくのだから、経験を積んだ設計者からは「シャシー全体のレイアウトが固まったら、まず『ホイールの中』の具体的設計から取りかかる」という言葉も出て くるのである。

ロール剛性の設定と調節のためのメカニズム

サスペンションに求められる機能を形作るものとして、競技車両に欠かせないもうひとつの要素は、アンチロールバーである。これも「スタビライザー」という 俗用語がしばしば使われるが、「安定化装置」ではなく、ロール運動に対する反力を発生するばね機構なので、この俗用語は適切なものではない。

ロール剛性は、旋回系の車両運動の中で左右のタイヤの間の荷重移動を支配するので、車両特性を大きく左右する。もちろん主ばねだけでロール剛性を設定する こともできるし、一般の市販車にはそうした事例も見られる。しかし競技車両ではとくに、路面の凹凸を踏んで行く中でのサスペンション・ストロークやピッチ ング系の車体運動は柔らかく出しつつ、それとは独立してロール方向に働くばね反力(ロール剛性)を設定し、かつ車両の旋回特性を調整できるようにするため には、主ばねに加えてロール方向だけに作用するばね機構であるアンチロールバーを組み込むことが「定石」となっている。

もっとも単純なアンチロールバーは、車体を横切る方向に置いたトーションバー・スプリングの両端から揺動腕を伸ばし、それを車輪保持部とつないで上下スト ロークによってトーションバーをねじる、という機構である。この形態ならば、トーションバーの太さとそれをねじる揺動腕の長さの二つの要素によって、ロー ル剛性を変化・調整することが容易にできる。

その設計でひとつ留意しなければならないのは、ここでも作動効率である。まず揺動腕に車輪側のストロークを伝えるリンクは、アップライトに直接ピボットす ることが望ましい。同時にそのリンクの配置は、ロール運動、すなわち両側のサスペンションが逆方向にストロークするのを利用してトーションバーをねじる機 構であるのだから、荷重1Gの静止状態、もしくは常用される速度域での直進時にリンクが垂直で、揺動腕がそれと直角になっている状態になるよう設計してお く。

もちろん揺動腕のレバー長を変化させる機構もいくつか考えられる。調整穴を設けるのが一般的ではあるが、簡単な構造で微妙な調整もしたいという発想におい て、鋼管をトーションバーに使ってその両端部を折り曲げ、アルミ合金などのブロックで管を挟んで締めつけて固定するという手法が、これも1960年代半ば に考案され、実践車両に使われていた。そうした先人の設計を幅広く観察し、参考にする「温故知新」も大切である。

また、この横置きトーションバー・両端ねじり機構以外にも、アンチロール機構は色々考えられ、競技車両の近年の歴史の中に登場している。それらを参考に考えを巡らすのも設計者にとっては必要なことだ。

今回はサスペンション構成要素の設計を具体的に進める中で、スプリングとダンパーの配置、アップライト、アンチロールバーについて見てきたが、もちろんこ れ以外にも、そしてその中でも、設計者として深く考え、ディテールにまで踏み込んで形と寸法を固めてゆかなければならない要素は数多くある。経験を積んだ 設計者、技術者にとっても「これでいい」という決定版のレイアウトと設計はない。それほどにサスペンション・デザインは奥が深いのである。逆に言えば、だ からこそサスペンションを考え、個々の要素を形作り、その結果を観察し、考察することは、自動車のエンジニアリングの中でも最も知的好奇心を刺激する領域であり続けている。