第3回 chapter1 コンセプト・メイキング

どんな製品でも、新しいモノを生み出す時の出発点は「コンセプト」にある。コンセプト、すなわち「何を求め、実現するか」について解説する。

ものづくりの「出発点」

どんな製品でも、新しいモノを生み出す時の出発点は「コンセプト」にある。コンセプト、すなわち「何を求め、実現するか」。つまり基本理念であり、 最終製品が持つべき資質のイメージである。様々な分野で成功した、あるいは記憶に残る製品を改めて振り返れば、時代を一歩踏み出して的を得たコンセプトを 明瞭に描き、開発プロセス全体がそれをよりどころに動いた状況が浮かび上がってくる。

逆にコンセプトを明確にしないままのものづくりは、ま ずその形を具体化してゆくプロセスの様々な段階・局面で「どうすればいいのか」「どちらを選ぶのか」などの思考と選択のよりどころがないために迷走し、そ こから何かができあがったとしても、機能や資質が曖昧なものになり、人々の共感を得ることができない存在に終わってしまう。

ここでは「純粋 にドライビングを楽しむ。その延長として週末にアマチュア・レベルのモータースポーツ競技に出場することもある。そうした人々のための車両」というジャン ルを想定して、その製品企画(プロダクト・プランニング)を組み立てる中での「コンセプト・メイキング」を考えてみることにしよう。

キーワードから掘り下げ、展開する。

どんなモノを生み出すかというコンセプトを思い描く。その最初のステップではさまざまな思いを自由に巡らせ、それを言葉や絵にしてみることから始め る。現実の製品開発を始める時にはまず開発スタッフが集まって、自由討論を繰り広げる中からコンセプトを浮かび上がらせ、固めてゆくやり方もしばしば行わ れている。

競技専用車両をイメージしているのだから、ここでたとえば「速い」というキーワードが出てくるのは当然だろう。しかし「速い」と はどういうことなのか? どういう状況でどんな速さが実現できればいいのか? それ以前に速さを生み出す原理原則は何か? 自動車において、その車両運動の全てはタイヤと路面の間で発生する摩擦力によって作り出されるものなのだから、まずはそのタイヤと車両運動を考えてみよ う…などと思いは巡り、深まってゆくはずだ。

あるいはまた、アマチュア・レベルのドライバーをターゲットにするとなれば、「扱いやすい」と いうキーワードも思い浮かぶことだろう。ここでもキーワードとしては簡単だが、クルマに乗り込み、走らせ、タイヤと路面の摩擦力を感じ取り、引き出して操 るというプロセスの中の様々な局面で「扱いやすい」ためにはどんな資質を持てばいいのか、そこをひとつひとつ考えてゆくと、数多くの要素が浮かび上がって きて、そのそれぞれについて「どうあればより良いものになるのか」を描いてゆかないと「扱いやすいクルマ」の姿は具体的になってこない。

こうやって、最初は簡単なイメージを言葉にしてみるところから始めるとしても、そうしたキーワードだけで「これがコンセプトです」と言うのは稚拙すぎる。そ のイメージ(ワード)が意味するものは何か、具体的に自動車として、モータースポーツ車両として、どんな資質を意味するのか、どんな動きが、あるいは人間 とクルマの関係が、そのイメージを生み出す(はず)なのか、といった思考を論理的に展開するプロセスを深めてゆくと、ひとつひとつ具体像が形づくられてゆ く。それを複数のイメージに対して繰り返すことで、最終製品につながるコンセプトが形作られてゆくのである。

「ドライビング」はいつでも、誰にとっても、スポーツである。

いずれにしても、すべての原点は「ドライビングというスポーツ」をどこまで深く理解するか、に収斂してゆく。人間が自動車という道具を操って走らせるかぎり(つまり完全な自動運転が実現しないかぎり)、運転するという行為はいつでもスポーツなのだ。

ドライバーである人間の重量は50~100kgぐらい。全身の筋肉をフルに使って何かを動かそうとした時に出せる出力は、筋力を日々鍛えているとしても 0.2~0.25kW程度だ。これに対して自動車の重量は、一般的な乗用車で700~2000kgはあり、すなわち人間自身の重さの10~50倍。それを 動かすための動力は、軽くアクセルペダルを踏んだだけでも20~50kW、つまり人間自身が精一杯出せる出力の100~200倍、フルパワーを解放すれば 1000倍を超えるクルマも今は珍しくない。大型トラックになれば、重量が20000kg超、出力300~500kW級となる。それを人間が、手でステア リングホイールを、足で(最低)二つのペダルを動かすだけの一見、単純な動作だけで動かす。この時、目や耳、操作系に触れている手や足裏だけでなく全身で 車両の運動を感じ取って、それ動きを組み立てている。同時に人間は、走っているクルマを取り巻く状況を視覚や聴覚を駆使して常にモニターし、その中で最適 な行動は何かも瞬時に判断して、クルマをどう走らせるかに反映させる。

つまりドライバーは一瞬一瞬のクルマの運動を感じ取り、脳に刷り込んだ筋肉を動かすパターンに沿って反応することで、手足の先にある道具を操り、クルマ全 体の動きを作り出している。これは「スポーツ」以外の何物でもない。手具を持って振り、ボールを打ち、狙ったところに飛ばし、そこで起こる次の事象を予測 して反応を組み立て、走る…といった「道具を使ったスポーツ」とまったく変わらない…どころか、そのどれよりも複雑で大きく重い手具を、手と足それぞれ個 別の動きを組み合わせて操るのだから、スポーツとしてはかなり高度だと考えたほうがいい。箸を手にして食べものを口に運ぶだけでも、幼児の頃から日々ト レーニングして身に着けるのだから、それよりも複雑で多くの要素を含む「ドライビング」は基礎トレーニングからして時間がかかることも、スポーツだと考え ればすぐに理解できる。しかも箸の持ち方も、全てのスポーツもそうであるように、ドライビングにも正しい基礎がちゃんとある。それはまず人間の身体の成り 立ち、つまり骨格・筋肉・神経系の構造や動き・伝達のメカニズムに即した姿勢、フォームに始まり、タイヤと車両運動の力学に適った操り方へと進むべきもの だ。この部分の論議を深めてゆくストーリーはいずれまた「ドライビング~開発力と実戦力を高めるために」というテーマで語ることにしよう。

モータースポーツは「自動車を操る」ことのエッセンス

「ドライビングはいつでもスポーツ」であることが理解できれば、ここで創るべきものの基本イメージが自然に湧き上がり、色々な発想が浮かんでくるはずだ。

かつてクルマの基本性能を高めるのが難しかった時代は、動力性能を高め、運動限界を引き上げれば「スポーツカー」となりえた。しかし今日ではタイヤの性能 が向上し、一般のクルマでもふつうの人々が一般路を走る中でさえ、運動性能の絶対値が足りないと感じることはないまでになっている。かつてはスポーツカー だけが到達できた最高速やそこに至る加速力を、普通の空間を持つ乗用車にも持たせることができる時代になった。つまり「性能指標」だけで「スポーツカー」 を定義し、企画開発することはできない。スポーツカーとは「ドライビングというスポーツ」を味わうことに特化したクルマ。これが今日求められる新たな基本 コンセプトでなければならないはずだ。改めて振り返ると十年、二十年前であっても、「ドライビングというスポーツ」の領域で傑出した資質を実現していたク ルマが、「優れたスポーツカー」として評価され、記憶されてきた。

もっと単純に、「人間が操る自動車」としての基本機能だけあれば、「ドライビングというスポーツ」を実感しやすくなる。その意味で今、私たちの周りにある実用車の中で最も「スポーティ」なのはじつは軽トラックである。誰もがそう実感する瞬間があったりするのだ。

こうした資質をさらに純粋に突き詰める。すなわち「ドライビングというスポーツ」だけのために作られるクルマが「モータースポーツのためのクルマ」となる はずではないか。つまりそれは「人間が操るクルマ」のエッセンスを最も濃く絞り出したところにあるものなのだ。一般のクルマから隔絶した特殊な存在では、 けしてない。

フォーミュラカーという形態の意味を考える。

人間が操る自動車における「ドライビングというスポーツ」のエッセンスを凝縮し、高い運動能力を実現する。それがフォーミュラカーという形態に行き着くこ とにも、ある必然性がある。フォーミュラカーとはどんなものかといえば、「ドライバーとなる人間一人だけが乗り」、その周囲に4本のタイヤが着いただけ の、最もシンプルな形態、と表現できる。もちろんその「塊」にある運動エネルギーを与えるための動力は欠かせないし、それらを包む骨格とタイヤの間をつな いで、様々な運動に対してタイヤを路面に接地させ続けるサスペンション、運動エネルギーを吸収・放出するためのブレーキも必要だが、それらも全て基本機能 に忠実に組み上げられていったところに、フォーミュラカーならではの単純美が生まれる。

「ドライビングというスポーツ」を楽しみ、磨き、競う人間の立場から、その単純さをどう考え、論理を導くか。これも今回の車両企画におけるコンセプト・メ イキングの「鍵」のひとつとなる。答はひとつではないし、それぞれに考えてイメージを紡ぎだすべきものだが、ひとつだけヒントを書いておくならば、ドライ ビングとは結局のところ、タイヤと路面の間に生まれる摩擦力を作り、コントロールすることに尽きる。つまりドライバーにとってクルマを操ることのエッセン スは4つのタイヤの接地面を感じ取り、そこに起こる摩擦の大きさと方向を操ることで、車両の運動を組み立ててゆくことにある。

人間はボールを使うスポーツで、手具の打面にボールが当たる瞬間に手でその当たり方やたわみを感じ取り、打ち出されてゆく球の落下点はもちろん、球に与え る回転までも瞬時に操ることができるようになる。この「打つ」瞬間に手具の存在は消え、手と、そこにつながる肉体が対象物である球を直接感じ取っている感 覚が生じている。自動車でもそれは可能なはずだ。それに最も近づける車両形態がフォーミュラカーであるはずだ。このヒントからさらに考えを深めて、それぞ れのコンセプトに結びつけてほしいと思う。

「速さ」はコンセプトを実現する中で生まれるもの。

サーキットレースであれば複数の車両が走り、お互いに競い合うことで勝ち負けを決めるが、ラリー、ジムカーナなど単独で走る自動車競技において、競う相手 は「自分自身」である。ドライバー自身が「より精確に操る」ことに集中して、それが走行タイムという形に集約される。しかしどんなスポーツでもそうである ように、その中のプロセスそのものが楽しい。そして自分自身を磨いて、スキルを向上させることがおもしろくて熱中する。それが「モータースポーツ」の本質 なのであって、あるコースを走るのに要したタイムは、そうしたヒューマン(人間の)・スポーツの成果の一部分にすぎない。

もちろん「競い合う」ことはスポーツにおいて欠かせない要素ではある。ただ「自動車競争」においては、それぞれの競技の内容と、そこで使う道具としての車 両の内容が、細かく規定されている。そうでないと「競争」が成り立たなくなってきたのである。でも今回ここで「コンセプト・メイキング」に導いている 「モータースポーツのための車両」は、特定の競技を前提としたものではなく、むしろアマチュアが手軽に「ドライビングというスポーツ」を楽しみ、技量を磨 き、その延長として比較的低速で競われる競技に参加する、というシナリオを想定したものだ。

もちろんそうした競技の場で「速い」ことは、車両を生み出す上でも優先度の高いファクターとなる。しかし「特定のコースを○○秒で走る」ことは性能目標、 それも様々な性能を実現できたことを確かめる指標のひとつにすぎないのであって、「コンセプト」にはなりえない。これも「何を創るか」を考える時に踏まえ ておくべきポイントのひとつである。

コンセプトの具体化に向けて~例えば動力源は…

こうして「(人間にとって)自動車とは何か」というところまで思いを巡らせて、「小さく軽いモータースポーツ車両」をどんなものにするか、その基本コンセ プトとなるいくつかのキーワードが見えてきて、最初にも述べたように、それらが具体的にはどんな資質、どんな現象や機能を意味するのかを考え、具体的にし てゆくと、そこに「創る(創りたい)モノ」の像がおぼろげにせよ、浮かび上がってくる。

それを実現するには、どんな技術要素が必要なのか、そして運動能力の目標をどのあたりに設定するか、と考えを進めてゆく。たとえば動力源に何を選ぶかも、 じつはそこで決まってくるものだ。内燃機関か、電動モーターか、それぞれに特徴的な出力特性があり、エネルギー源までを含めた重量や寸度も異なる。そこでどこに焦点当てて何を求めるか。それぞれの弱点をカバーする方策は何かあるか。

ここでも「ドライビングというスポーツ」のために、という基本的視点に立てば、電動モーターの一般に言われている利点はさしたる意味を持たず、むしろドラ イバーのアクセルワークに対する追従が内燃機関よりも各段に速くなりうるとか、瞬発力が高くなりうるといった可能性のほうが重要になってくる。しかしそれ を現実に活かすとなるとモーターや駆動回路の設計から制御まで、既成の発想を破って出ることが必要になる。

ここでも「ドライビングというスポーツ」のために、という基本的視点に立てば、電動モーターの一般に言われている利点はさしたる意味を持たず、むしろドラ イバーのアクセルワークに対する追従が内燃機関よりも各段に速くなりうるとか、瞬発力が高くなりうるといった可能性のほうが重要になってくる。しかしそれ を現実に活かすとなるとモーターや駆動回路の設計から制御まで、既成の発想を破って出ることが必要になる。

一方、内燃機関は素性がわかっているだけに、何を選ぶかは考えやすい。今回の車両企画では、既存のエンジンから選ぶことが早道となるが、それでもコンセプ トを実現するためには「パワーパッケージ」としてどんな形態・寸度と、どんな性能・特質が望ましいのか、それに最も適合するユニットはどれか、可能な限り の可能性を検討することから始めたい。その先では、かつて1950年代後半にBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)の技術者としてまった く新しい小型車の開発を命じられたアレック・イシゴニスが、ミニ(もちろんオリジナルの)を生み出すにあたって経営者に言われた「エンジンは何を使っても いい。ただし我々のラインアップにあるもの、だが」という一言に近づく、つまり現実に選択できるものから選ぶ、というところに絞り込まれてゆくことになっ たとしても。最近の加工技術をもってすれば、外郭を素材から削り出し、既製品として市販されている(量産車両用だけでなく世界には様々なチューニングパー ツがある)ピストン、コンロッド、クランクシャフトなどの運動部品を組み合わせて、オリジナルのパワーユニットを仕立てるという『冒険』も不可能ではな い。

そうやって想像力と創造力をいっぱいに働かせ、コンセプトを具体化する技術要素(運動特性、基本ユニット、それらの構成など)が「見えて」きたら、次はそれらを『パッケージング』する段階に入る。次回はこの「パッケージング・レイアウト」について考えを巡らせてゆくことにしよう。