Tech Seminar世良耕太のZFテックセミナー

パワーユニットを中心としたF1の技術動向について【後編】


2014年からは、最大100kgの燃料(バイオエタノールを5.75%混合したガソリン)で約305kmのレース距離を走り切らなければならなくなった。また、それまで規制のなかった燃料流量が最大100kg/hに規制されることになった。(詳細は第5回を参照

2013年まではどちらも使い放題だった。だからといって、燃費に気を遣わずに燃料を噴射し、出力を出しにいったのでは燃料搭載量は多くなってしまう。燃料搭載量が多くなれば車両パッケージング面でよろしくない影響が出てくるし、何より重くなってしまう。重くなっては車両運動性能の足を引っ張ってしまうので、実際には燃費に気を遣う必要があった。とはいえ、出力重視か燃費重視かと問われれば前者の方で、出力空燃比に軸足を置いた開発が行われていた。

空燃比とは混合気における空気と燃料の比率で、A/Fで表す。Airに対するFuelの比率だ。ガソリンエンジンの場合、空気中の酸素と燃料が過不足なく燃焼する空燃比は、空気14.6gに対して燃料1gである。この場合、A/Fは14.6になり、この14.6を理論空燃比と言ったり、ストイキオメトリー(略してストイキ)と言ったりする。ストイキより空燃比が大きい(酸素の比率が高い)場合をリーン、ストイキより空燃比が小さい(燃料の比率が高い)場合をリッチと呼ぶ。

出力空燃比は12.5近辺なので、リッチだ。また、理論空燃比(ストイキオメトリー/ストイキ)をλ=1として表現することもある(λはギリシャ文字の「ラムダ」)。λが1より大きい場合はリーン、1より小さい場合はリッチだ。

2013年までのF1は、レース中に140〜150kgの燃料を消費していたという。2014年以降は、それが100kgに規制されるのだ。大まかに言って、約3割燃費を向上させなければならない。急加速もせず、トップスピードも狙わず、ゆっくり走れば3割燃費を向上させることは可能だ。

だが、それでは競争に勝てない。F1は、約305kmのレース距離を誰よりも早く走りきったマシンのコンストラクターとドライバーが勝利の栄誉に浴する。そのためには、最高速を高く設定する必要があるし、最高速に至るまでの時間を短縮する必要がある。それには、最高出力を高める必要がある。

最高出力は高めたいが、燃費もおろそかにできない。この相反する要求を両立させる技術のひとつが、リーンブーストである。燃料流量が一定の状態に対して、過給によって空気の割合を増やしていく状態を指す。すなわち、リーンバーンだ。空燃比をリーンにした状態で燃焼させるリーンバーンを行うと、燃焼サイクルの効率が高くなるので、燃料流量は同じでも出力は高くなる。空燃比をリーンにしていくほど熱効率は高くなる(=損失が減る)ので、燃費も良くなる。リーンブーストは、相反する要素が両立する技術なのだ。

そのリーンブーストと組み合わせて用いる技術が、負圧同調である。2013年までのF1で用いていたような自然吸気エンジンの場合、吸気管内の動的効果を使って充填効率を高めるのがセオリーだった。いわば、正圧同調である。シリンダーに空気がたくさん入れば、その空気に見合った燃料を噴射することができてトルクが上がる。一般に、低回転で効果を得るには吸気管は長い方が良く、高回転では短い方がいいとされている。

ところが、量産向けも含めて過給エンジンの場合はそうとは限らず、サージタンク(またはプレナムチャンバー)から吸気ポートまでの独立吸気管は短い方がいい。独立吸気管を短くするのは、吸気の動的効果を使わないようにするためだ。

吸気の動的効果を使うと、断熱圧縮によって空気の温度が高くなり、異常燃焼の一種であるノッキングが発生しやすくなるからだ。基本的には、インターセプトポイント(所定の過給圧に達するポイント)に達してウェイストゲートが開くまでは、吸気の動的効果を使って充填効率の向上に努め、所定の過給圧に達してウェイストゲートが開く領域では、動的効果のマイナスの効果を使って、シリンダーから吸気管に向けて空気を吸い出すような動きが出るチューニングをする。これが負圧同調で、燃料流量規制下におけるエンジン開発のセオリーとなっている。

負圧同調を行うと、正圧同調の場合とは逆に断熱膨張が起きてシリンダーに入る空気の温度はインタークーラー出口の温度よりも低くなる。ただし、シリンダーに入る空気は少なくなるので、足りない分は過給圧を上げて補ってやるのだ(従来、ウェイストゲートで捨てていた排気エネルギーを使えばいい)。

リーンブーストと並び立つ熱効率向上手段が、圧縮比の向上だ。空燃比をリーンにしていくのと同様、圧縮比を高めると燃焼サイクルの効率が向上する。ここで問題になるのがノッキングだ。圧縮比は高めたいが、高めるとノッキングが発生するので、発生しないギリギリのレベルに抑えて運転しているのが現状。どこまでノッキング限界を高められるかが、エンジンの優秀性を判断する指標と言っていい。

ノッキングは、燃焼行程で「点火」によってプラグ周辺で発生した火炎伝播が届く前に、点火プラグから離れたところで自着火を起こす現象である。ノッキングは急激な圧力上昇をともなうため、状況によってはピストンを損傷させるなど、瞬時に走行不能に陥る場合がある。そうなっては困るので、ノッキングを起こさない領域で運転させるわけだ。

ノッキングが発生しないようにするには、ノッキングする暇を与えないほど急速に燃焼させればいい。その手段のひとつがタンブルだ。燃焼室内の混合気が大きな乱れを持っていると、点火プラグを起点に広がる火炎が急速に燃焼室全体に広まることができ、燃焼速度を高めてくれる。その乱れを作るのがタンブル、すなわち縦渦である(横渦をスワールと呼ぶ)。タンブル自体は古くから意識されていた技術だが、近年急速に発達したシミュレーション技術により、効率高く、強い流れを作り出せるようになっている。

複数のパワーユニットコンストラクターが適用していると伝わるのが、プレチャンバーだ。タンブルと同様、急速燃焼させるための技術である。点火プラグとインジェクターの先にプレチャンバーと呼ぶ副燃焼室(副室)を設け、そのプレチャンバーとメインの燃焼室をオリフィス(微細な孔)で仕切る。小さなプレチャンバー内からオリフィスを通って出てきた噴流で、メインの燃焼室にあるリーンな混合気をかき混ぜて急速燃焼させるのが、プレチャンバーの効能だ。

プレチャンバーは2016年にだいぶ話題になったが、急速燃焼を実現するための唯一無二の手段というわけではなさそう。高圧縮比化による熱効率向上にまつわる技術からは、今後も目が離せない。

2014年以降のF1は、運動エネルギー回生システムと熱エネルギー回生システムの2種類のエネルギー回生システムを搭載している(詳細は第5回を参照)。このうち、運動エネルギー回生システムは、制動時のブレーキエネルギーをモーター/ジェネレーターユニット(MGU-K)で回生し、エネルギー貯蔵装置(実質的にリチウムイオンバッテリー)に蓄える仕組みだ。

レース中はエネルギー収支をバランスさせるのが基本である。つまり、使った分は回生する。ところが、MGU-Kの出力が小さいため、真っ当に制御したのでは使った分を回収できない。レギュレーションでは1周あたり2MJ回生できることになっているが、とても回生できないのが実状。十分に回収できないと、次の周に使えるエネルギーが少なくなってしまい、戦闘力が著しく落ちてしまう。

出力が2013年までの倍になったとはいえ、MGU-Kの最高出力が120kWしかないのが元凶だ。WECのLMP1-Hのように、300〜400kWクラスのMGUを搭載することができれば、減速時の回生だけで十分なエネルギーを回生できただろう。ところが、そうはなっていない。

では、どうしているかというと、パーシャルスロットル時にエンジンの出力を利用してMGU-Kで回生を行い、足りない分を補っているのだ。部分的ではあるが、エンジンを発電機代わりに使っているようなものである。全開運転時にこれをやると、クルマを前に押し出すはずの出力が発電に使われてしまうので、パフォーマンスに悪影響をおよぼしてしまう。だから、そうならないようにパーシャルスロットル時にMGU-Kの回生を行うのだ。

ドライバーが要求するトルクを発生させながら、余分に出力を発生させ、その余剰分で発電を行っているのである。パーシャルスロットル領域でMGU-K回生を行うことで燃費は悪くなるが、それよりも、電気エネルギーとして蓄えておいた方が、パフォーマンスに向上に効くということだ。予選は基本的に1周でアタックを終えるので、エネルギー収支に気を遣う必要はなく、パーシャル領域のエネルギー回生は行わない。排気が持つ熱エネルギーを電気エネルギーに変換するMGU-HもF1ならではの使い方をする。メインの使い方は回生で、エンジンが全開の領域は、排気エネルギーの余剰分を利用してMGU-Hも全開で回生する。MGU-Kと違って出力に制限はなく、パッケージング上やエネルギーマネージメント上の制約から、最大120kWに定められたMGU-Kの半分強の出力で設計しているようだ。

出力を高めるにはたくさん過給する必要があり、そうなるとタービンのサイズは大きくなる。タービンが大きくなるとスロットルオフからオンに転じた際の応答性が問題になる。そこで、MGU-Hの出番だ。排気エネルギーが十分でない領域ではMGU-Hを駆動し、タービンと同軸にあるコンプレッサーの回転数を高めてやるのだ。電気式のアンチラグシステムのような使い方である。

MGU-Hを電動ブースター的に使う制御は、決勝レースよりも予選の方が積極的だ。予選では燃料使用量の制限はないので、空燃比をリーンにして熱効率を高める必要はなく、出力空燃比で回すのが基本。出力を重視する場合は排気圧力を低くしたいが、低くすると排気エネルギーが小さくなって、ターボを機能させるのに都合が悪い。そこで、MGU-Hを電動ブースターとして使い、排気が持つ熱エネルギーにあまり頼ることなく、過給圧を得るよう制御するのだ。

限られたエネルギーを有効に使い、速さに結びつけるのが、2014年以降のF1におけるパワーユニットの開発である。エンジン単体の熱効率を高める開発と同時に、MGU-KとMGU-Hをどのように使えばパフォーマンスに結びつくか。計算や実走で効果を確かめながら、状況に応じて細かく使い分けているのが、開発の内容だ。