Tech Seminar世良耕太のZFテック・セミナー

2016年のル・マン24時間レースから考察するLMP1-Hのテクノロジー

84回目を迎えた2016年のル・マン24時間レースは、トップを快走していたトヨタ5号車がフィニッシュ間際に突然スローダウン。1分半後方を走ってい た2号車がトップに躍り出てそのままフィニッシュし、ポルシェが2年連続18回目の総合優勝を手にした。2位にトヨタ6号車、3位にアウディ8号車が入 り、LMP1-Hに参戦する自動車メーカー3社が表彰台を分け合った。

2014年に大幅なレギュレーション変更が行われて以来、自動車メーカー系チームにのみ門戸が開かれたLMP1-Hは競争が激化している。理由はパワート レーンに関する規則にある。LMP1-Hにはハイブリッドシステムの搭載が義務づけられているが、仕様が細かく定められているF1とは異なり、設計の自由度が高い。

F1は運動エネルギー回生システム(ERS-K)と熱エネルギー回生システム(ERS-H)の 2種類のハイブリッドシステムを搭載することが義務づけられているが、WECのLMP1-Hは両方積んでもいいし、どちらか一方でもいい。ERS-Kは制動時にブレーキユニットで熱エネルギーに変換し、大気に放出して捨てていたエネルギーをモーター/ジェネレーターユニット(MGU)で電気エネルギーに変換し、回収するシステムだ。量産ハイブリッド車と同じ原理である。

一方、ERS-Hは排気が持つ熱エネルギーを電気エネルギーに変換して回収するシステムだ。排気でタービンを回すと、同軸に設置されたジェネーターが作動して発電する仕組みである。発電した電力はエネルギー貯蔵装置(ES)に蓄える。

2013年まではエンジンが吸入する空気量を規制することで出力を規制していたが、2014年からは燃料流量と1周あたりに使用できる燃料の量で規制するフォーマットに変わった。つまり、一転して空気は使い放題になったのである。

燃料流量が限られた状況での開発の方向性は、熱効率を高めることだ。与えられた燃料の量は決まっている。あとはそれをいかに効率良くクルマを動かす力に転換するかが勝負になる。燃料の分子ひとつ1つがきちんと燃えるよう開発を進めると同時に、排気や冷却、摩擦などの各種損失を減らし、手元に残るエネルギーが多くなるようにすることが重要だ。また、これまで捨てていた排気や、ブレーキング時に熱に変換して大気に放出していたエネルギーを上手に回収する技術も重要になる。

ハイブリッドシステムが1周あたりに放出できるエネルギーは、2MJ/4MJ/6MJ/8MJの4種類から任意に選択できる。この数値は1周13.629kmのル・マン24時間サーキットに対して割り当てられた数字で、その他のサーキットに対しては距離の比率に1.55の係数を掛けたエネルギー量が割り当てられる。例えば、1周4.563kmの富士スピードウェイの場合は、1.04MJ/2.08MJ/3.11MJ/4.15MJとなる。

レギュレーションが絶妙なのは、大きな1周あたり放出エネルギー量を選ぶほ ど、最大燃料流量と、1周あたりに使用できるエネルギー量(実質的に燃料の量)は減らされることだ。パワーアシストの威力が増すのと引き換えに、エンジン の最高出力と燃費は厳しくなる。だが、1つ上のランクを選ぶごとにラップタイムで0.5〜1秒のゲインが得られる枠組みになっており、それゆえ、2MJよ りも4MJ、4MJよりも6MJを選びたくなる。

ストレートに最高ランクを選択できないのは、大きな放出エネルギー量を使いこなすには、高出力のエネルギー回生システムが必要だし、大きなエネルギーを蓄えるESが必要になるからだ。高性能なシステムにしようとすればするほど重量は増えてしまう。ル・マンでは10kgの重量増はラップタイム0.6秒の悪化につながると伝わる。高性能なハイブリッドシステムを開発したのと引き換えに重量が増えてしまったのでは、何のための高性能化かわからなくなってしまう。だから、ハイブリッドシステムの高性能化を追求すると同時に、軽量化が欠かせない。

2014年に16年ぶりにル・マン24時間に復帰したポルシェは、ERS-KとERS-Hの2種類のエネルギー回生システムを選択し、919ハイブリッドに搭載した。ERS-Kが回生するタイミングは減速時に限られる。1周約200秒(3分20秒)のうち、減速に費やす時間は36.5秒程度しなかく、この限られた時間で効率良くエネルギーを回生しなければならない。大きなエネルギーを回生するには高出力のMGUが必要だし、短い時間に大量のエネルギーを蓄えるには、パワー密度(エネルギーの出し入れのしやすさを示す指標)に優れたESが必要になる。

一方、排気の持つエネルギーを回生するERS-Hの場合は、減速ゾーンに縛られず回生できるのがメリットだ。ESのパワー密度に、そこまでこだわる必要は ない。2014年のポルシェ919ハイブリッドは、フロントにERS-K用のMGUを搭載し、リヤにERS-Hを搭載して登場した。エンジンは2.0L・ V4直噴ターボである。2.0Lの排気量と4気筒のシリンダー数は、効率を考えての選択。水平対向や直列とせずV型としたのは、サポート材を追加せず、フ ルストレスマウント(完全に車体骨格の一部として機能させる)で搭載するためだ。

ESにはリチウムイオン電池を選択した。2014年の919はフロントに250psのMGUを搭載していたが、2015年は1周あたりエネルギー放出量を6MJから8MJに引き上げるため、MGUの出力を400psに増大。リチウムイオン電池のパワー密度を30%向上させて、短時間に発生する大きなエネルギーを効率良く蓄えられるようにした。2016年も基本的には同じシステムだ。

ポルシェがERS-KとERS-Hの組み合わせなら、トヨタはERS-Kに特化したシステムで臨んでいるのが特徴だ。フロントだけでなくリヤにもMGUを搭載し、制動時に捨てていた運動エネルギーを余すところなく回生しようとしている。15年まではESにキャパシタを採用していたが、2016年はリチウムイオン電池に切り換えた。6MJから8MJに1周あたりエネルギー放出量のランクを上げるためである。

キャパシタのメリットはパワー密度が高いことで、ごく短時間に発生するエネルギーを無駄なく蓄えることができる。その半面、たくさんは蓄えられない。エネルギー密度が低いということだ。蓄えたエネルギーをすぐに放出してしまわないと、次に回生した際に発生するエネルギーを蓄えることができない。それゆえ必ずしも、効果的な状況でパワーアシストが行えるとは限らなかった。

その問題点を解消したのが、2016年のTS050ハイブリッドだ。リチウムイオン電池はエネルギー密度に優れる(たくさん蓄えられる)のと引き換えに、キャパシタに対してパワー密度に劣る(瞬時に発生する大きなエネルギーを蓄えるのが苦手)というのが従来の常識だったが、トヨタが採用したリチウムイオン電池は、キャパシタを上回るパワー密度を実現しているという。つまり、前後合わせて500psに達するMGUが発生する大きなエネルギーを短時間で十分に蓄えられるし、たくさん蓄えておけるということだ。蓄えたそばから使わなくても良く、従来よりも効果的に使うことができる。

2014〜2015年のTS040ハイブリッドは3.7L・V8自然吸気エンジンを積んでいたが、2016年のTS050ハイブリッドは2.4L・V6直噴ターボを搭載する。高効率化のためだ。燃料流量が規制された条件では、空気量制御装置としてのターボチャージャーが欠かせない。なぜなら、燃料流量が一定の状態に対し、空気の割合を増やして燃焼させれば燃焼させるほど、熱効率が高まるからだ。つまり、出力が向上するし、燃費が良くなる。トヨタによると、すでに3.7L・V8自然吸気エンジンよりも高い熱効率を実現しているという。

ガソリンエンジンを搭載するポルシェとトヨタに対し、アウディはディーゼルエンジンを搭載する。2006年のR10で初めてディーゼルエンジンを採用して以来、レギュレーションの変更などに合わせて仕様を変更している。2006年は5.5L・V12だったが、2011年には3.7L・V6まで排気量/気筒数は縮小し、2014年に4.0L・V6になって現在に至る。2011年から2016年にかけての5年間で、燃料消費量は33%減ったそうだが、平均速度は3.77%も向上している。

ディーゼルエンジンは高い燃焼圧に耐える必要があるため、ガソリンエンジンに比べて重くなる傾向がある。それゆえ、高出力のハイブリッドシステムを搭載するのが難しい。そのせいもあってアウディは、エンジンを重視したシステムを組んできた。ポルシェが組んだシステムとそのパフォーマンスの高さに感化されたのだろう。ハイブリッドシステムの強化に乗り出したのが2016年の特徴だ。

R18は4.0L・V6ディーゼルエンジンを積むことに変わりはないが、電動フライホイールだったエネルギー貯蔵装置をリチウムイオン電池に替えた。これで、LMP1-Hに参戦する3社がすべてリチウムイオン電池を採用したことになる。電動フライホイールは、MGUで発電した電力をフライホールの回転に変換して蓄える装置だ。エネルギーを放出する際はフライホイールの回転力でフライホイールに一体のMGUを駆動し、変換した電気エネルギーをフロントアクスルに積むMGUに送る。

キャパシタ並みのパワー密度を誇るのが電動フライホイールの特徴だが、キャパシタと同様、エネルギーをたくさん蓄えられないのが弱点だった。2MJから4MJにランクを上げた2015年は、電動フライホイールの回転数を引き上げることでエネルギー貯蔵量を増やしたが、それでも容量は0.7MJだった。リチウムイオン電池に切り換え、6MJにランクアップした2016年は、2MJ以上の容量を確保したという。

フロントに搭載するMGUの出力は、2014年が170kW、2015年は200kWで、2016年は350kWである。2016年になって一気に出力を引き上げたのがわかる。実はアウディは、2015年にERS-Hの搭載を検討したのだが、重量増に見合う効果が確認できず、見送った経緯がある。ポルシェ、トヨタの8MJに対し、アウディは6MJどまりだが、ガソリンの8MJほどディーゼルの8MJにはうま味がなく、ディーゼルの6MJは実質的にマックスと捉えているようだ。

ハイブリッドパワートレーンの構成は三者三様だが、共通しているコンポーネントがある。それは、ポルシェ、トヨタ、アウディのいずれもが、ZF製のクラッチを採用していることだ。エンジンの動力をギヤボックスに伝達したり切り離したりするのがクラッチの役割だが、いくら高性能なエンジンを開発したところで、クラッチが狙いどおりに機能しなければ、性能を発揮することはできない。

LMP1に求められるクラッチの特性とはどんなものなのか。次回じっくりお届けしよう。